よみて物にかきつけける
 出ていなば心がなしといびやせん
 世のありさまを人はしらねば
とよみをきて出ていにけり。この女
かくかきをきたるを、あしう心をく
ばきこともおほしぬをなにゝよりてか
 (かくはあるらんと也)
かゝらんと、いといたうなきて、いつかた
 (たづねゆかんとの心也)   (とかく)
にもとめゆかんと、かどにいでゝ、と見
(うち詠やるさま也)(ゆきがたしられぬ也)
かう見みけれど、いづこをはかりとも
おぼしざりければ、かへりいりて
 思ふかひなき世なりけり年月を
 あだにちきりて我やすまひし
*出ていなば心がなし
  惟こゝを出ていなば心か
  るい物と人のいひやな
  さん。え堪忍せぬいはれ
  あるを人はしらざれば
  となり師世のありさま
  とは世の習ひにて思ひ
  かはすち見えても堪
  忍ならぬ事あるとの心也
 けしう肖恠の字也
  惟あやしき也師前に
  いかなる事かありけん
  といへる首尾也。業平
  の身にはおぼえなきに
  あの恨によりてかくは
  出ていにてあるらんと也
 思ふかひなき世肖上の二
  句は此女を深う思へども立
  出ぬれは思ふかひなき世成
  けり。人の心はかくある物也
  けりといふ心也。さてとし
  月をといふより人我心を*
といひてながめをり
 人はいさおもひやすらん玉かづら
 おもひかげにのみいとゞ見えつゝ
          (一おもひ侘て也師堪忍し)
此女いとひさしくありてねんじわびて
(かねたる心也)
にやありけんいひをこせたる
 いまはとて忘るゝ草のたねをたに
 人のこゝろにまかせずもがな
返し   (植の字也)
 忘れぐさうふとだにきく物ならば
 おもひけりとはしりもしなまし
* いへり。若又我とあだに
  契てや有けんと一方に
  人にとがをきせすよめ
  る也。是中将の心也諸抄同義
 人はいさおもひやすらん
  玄出ていまし女の我を思ひ
  やすらんと思はずやあるらん。我は忘れがたけれは面かげにのみいとゞ見ゆると也。玉かずらは
  女のかゝる物なれは万葉にも玉かつら俤とおほくつゞけてよみたり。又やみん
  交野のみのゝ歌も又や見さらんといふ心とをれり祗此歌は万葉に人はいさ思ひ
  やむとも玉かづらかげに見えつゝ忘られぬかもといふ歌を少々取かへたる物也
  此女いと久しく有て念し
  侘て玄男の帰れといひや
  すると思へとさもなし程
  ふるにしたかひて後悔
  して読てやる也
 いまはとて忘るゝ肖今は
  とてとは中将の心に限り
  と思ひなして忘やすらん
  さもあらすもかなと云心也
  忘草の種を心にまかす
  とはしらるゝ心也師思ひこ
  そせさらめ忘たにせされと也
 わすれ草うふとだに*