たる事もなし。 
  ○いにしへの匂ひはいつら ―― 称名院云、 こけるからと、 
  業平の、 我身かおとろへたるをいはれけれは、 女は
  我姿の事をのたまふと思ひて不答也。 
  ○これやこの我にあふ身を、 称、 此女の目も見えぬ
  といふ程に、 業平の、 又、 一首よめるなり。 我を捨ゆかれ
  たれと、 まさる事はなきと云説あれと、 用さる也。 業
  は、 思ふをも思はぬをも、 けちめなく思ふとある時は前
  の説わろし、 我につれなきとの心也。 
といひて、 きぬゝきてとらせけれと、 すてゝにけにけり。 
いつちいぬらんともしらす。

  此段、 中将、 衣装をとらせけれと、 はち思ひて
  とるにも及はす、 いにけるにや、 あはれふかし。 
六十三
むかし、 世心つける女、 いかて心情あらんおとこにあひえ
てしかなとおもへと、 いひ出んたよりもなさに、 まことな
らぬゆめかたりをす。 
  ○むかし世心つける女、 紀名虎娘。 三条町なり。 
  文徳天皇に思はれ奉りしか、 崩御の後、 西山に
  住ける時、 業平、 嵯峨へ狩に遣るをみ恋たる事也。 
  ○むかし世心つける女 ―― 夢かたりをす。 此段、 老
  て好色をすく人を云也。 ○世心つける、 嫁したる女也。 
  世路不残合点したる女也。 ○尤老女也。