よとのわたりを過くこゝは石川主殿頭殿の御領なりこの御よめの君は
過にし我君の御子と聞えさせて故日向守殿の北方にてわたらせ給ふ
か男君はやくかくれさせ給ひていまは御子達なとのおとなびさせ給
へるを御なくさめにてすくさせ給ふちかき比まてまいりなれて
御心さしことに御めくみふかゝりしも露わすられかねて此あたり
を過なん事をおほしのたまはせておもふまゝなる世ならましかは諸と
もに行て心ゆくはかりあるしせはやなとさまさまに語らはせ給ひた
るおもひつゝけられてこき行舟もしはしよとみなむといと御名こり
おし水車のめくりて御城の内へかけられたる筧に水をまき入る
るかたくみなるもいみしうおもしろしわれも浮世にめくるとをしれ
とそいはまほしきむけに近きほとをこきゆけはいとよくみゆ岸のう
へに御家の士なと番する所にやりんとうの御紋のまくうちてならひゐ

たるもあり御城は河水にのそみてきつかれたるそこなれは浪のをし動
すやうなるもたくひなく見所おほきあたりなり浪にひかれて下り
行まゝきしの上なる家ともあとのかたにしそくやうなるもおかしあき
んとの家民の家とも町をたててはるかにつゝきたり暮行ほとに
火の光星のことくにて松の間よりみえかくれすかなたこなたとさ
との名ともきゝ過ぬ八幡山もまちかくあふかれさせたまふわか氏の
御神と心に仰き奉るあつかりし名残むつかしけれは河水をくませ
てのむに猶ぬるけれはすてつ舟のそよそよとなるを聞て戸をひら
きてみれはあしのしけりたるをわけ行なり月はまた出されと星の
ひかりにていつくもよくみゆ帆かけたる舟ともおほく引のほすかこ
なたさまにくるをはよきよとにや舟人のたかひによはゝりたるも
なに事をいふならむとをそろし蚊のいとおほくて扇をはなた