といひて、 ましてつれなかりけれは、 男、 
  ○まして力あり。 強面ツレナキ、 うちとけても、 また、 ひかへなとする。 
  上古の人の心なり。 
袖ぬれてあまのかりほすわたつ海の見るをあふにてやまんとやする
  業歌也。 ○わだづ海とは、 海の惣名。 序歌なり。 
  見るをあふにして、 やまんとするか、 わか心は見たる
  はかりにては、 えやむましきといふなり。 
をんな、 
岩間よりおふるみるめしつれなくはしほひしほみちかひも有なん
  海松は岩の間に生る也。 平の歌に見るを、 あふにて
  とあるを答て、 其みるめかひなくは深底にてかひあらんと也。 ↓


  ○わらはへは、 童女也。 杉子のまへと云を、 使として
  業平に文を参らせ給ふ也。 
  ○岩間よりおふるみるめし ―― 注に、 岩間に生みるは
  不反の名也。 其ことく、 我心不反の名也。 其ことく、 我
  心不反ならは、 世は塩の満干の如く移かはる心一ツ
  静にして然へからんをと云々。 
又、 おとこ、 
なみたにそぬれつゝしほる世の人のつらき心は袖のしつくか
  又、 おとこ、 涙にそぬれつゝ ―― 平歌也。 我か袖か、 殊
  更大にぬれつゝしほれ、 是程のなみたは、 我なから覚
  悟せす。 其方御一人のつれなきを歎く泪とは申かたし。