是は、 一切の世の中の人の心つよくつれなきを集た
  る程の袖の雫にて有と也。 説に云、 雫の字は日本字也。 
  漢字に非す。 日本に神代よりの文字ある事なり。 
  然共、 六ケ敷ゆへに舎人親王、 漢字を一向に用らるゝ。 
  其上に、 能みよきやうに筆勢なとくはへ、 なり形を
  かへ給ふ。 日本字もやすくかきよきを用られし。 此
  雫の字に日本字と申つたへたり。 
世にあふ事かたき女になん。 
  作者の詞也。 斎宮をほめたる也。 此御心にてこそ
  二度御対面なき事也。 万民かくの如くは成かたき事也。 
七十六
むかし、 二条の后の、 また春宮のみやすん所 (東宮の母義を云也) と↓
申ける時、

氏神にまうて給ひけるに、 近衛つかさにさふら
ひけるおきな、 人くろく給はるつひてに、 御車より
給はりて、 よみて奉りける、 
  むかし、 二条后の、 また春宮の宮すん所と ―― 春
  宮は陽成院の御事也。 其時、 二歳にて太子に立給ふ也。 
  貞観十一年也。 ○このへつかさ成ける叟 ―― 翁とは、 
  道長してた (なか) (いかゝよむや) る故に、 叟と云也。 長房記↓
  云、 我得仙
  此道翁年久云々。 
  むかし、 二条の后の、 また春宮の宮すん所 ―― よみ
  たてまつりける。 二条后は陽成宮の母也。 然は春
  宮も陽成也。 五十七代也。 みやす所とよむ。 后にも可成