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艶 道 通 鑑

本 文 翻刻付

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  翻刻文の作成については、本学文学部日本アジア  
  言語文化学講座の学生の協力を得ました。     

            解 説
 近世中期の神道家増穂残口の主著。正徳5(1716)年序刊。版本は、初 版三種と再版四種が知られており、「享保四己亥歳七月吉旦」「大坂高 麗橋二丁目山本九右衛門」という奥附を有するこの現資料は、いわゆる 再版本第三類にあたる(後掲『日本思想大系60 近世色道論』415〜417頁 参照)。5巻6冊。ただしこの152/5は第4分冊を欠いており、5冊しかな い。
 第1分冊は、樗散人序(樗散人については詳細未詳)・残口自序(似 切斎は残口の号)・巻1「神祇之巻」を収め、第2分冊は、巻2「釈教之 恋」を収め、第3分冊は、巻3「恋之情」の前半を収める。この現資料の 第3分冊には、第2分冊のものであったと考えられる題簽(「艶道通鑑 釈教之恋」)が貼付されているので、注意を要する。またこの152/5が 巻3「恋之情」の後半を収めているはずの第4分冊を欠いていることは、 すでに述べた通りである。第5分冊は、巻4「無常之恋」を収め、第6分 冊は、巻5「雑之恋」を収める。
 増穂残口(1655〜1742)の経歴については不明な部分が多いが、もと は日蓮宗不受不施派の寺院谷中感応寺の所化僧であり、元禄11(1698)年 の幕府による不受不施派弾圧を契機として感応寺を離れたらしい。のち 京都にいたり、正徳5(1715)年61歳のとき還俗したという。その間に神 道家となり、本書を著し刊行した。本書は一年もしないうちに千部あま りも売れたという。のち残口は、「残口八部書」と総称される一連の著 作を次々に刊行し、それらを種本として三都の街頭で神道講釈を行い、 高い人気を博した。残口は、一方で儒者・仏者を強く批判しているが、 彼の主張の根本は神道を中心とした三教一致にあったと考えられる。特 に、仏教色が濃いという点は、彼の神道思想の一つの特色であると言え よう。
 さて、『艶道通鑑』の最大の特色は,「凡(およそ)人の道のおこりハ、夫 婦よりぞはじまる」、「今世に拝ミ敬ふ神仏は・・・男女・夫婦の情をは なれ給ふ事なし」、「男女の形出来るまでハ造化の妙にして、交合の情 ハ人の作業になれば、人道立ての仏法・神道・老・孔・荘・列なり。し からば夫婦ぞ世の根源としれたる歟」などと述べられているように(以 上、巻1「神祇之巻」第1節「つらつらおもひはかるの段」)、夫婦の結 びつきを根底に据えた神道説を新たに構成した点にある。「今の世の有 様、上辺(うハべ)の礼バかりにかゝりて,かつて和(やハ)らぎの道なし」(同 前。うわべの礼とは、異国の教えすなわち儒教のこと)というのが残口 の現状認識であり,「我朝に生れたる人ハ、神代の徳化を明らかにして, 大きに和らぐの域を本とし、及バずながら敷嶋の道に足を踏こみ、和哥 の浦の詠(ながめ)に心をなぐさめ、恋慕愛別の情・松風蘿月の楽をしらん こそ、本を立る君子成べけれ」(同前)というのが彼の神道の主張であ った。
 『艶道通鑑』は、初版本が詳細な頭注・解説とともに『日本思想大系 60 近世色道論』(岩波書店、1976年)に翻刻されており、またこの現資料 と同じ再版本第三類が『江戸時代女性文庫』第41巻(大空社,1996年, 小林准士解説)に影印されている。
 なお、残口の経歴については、中野三敏「増穂残口伝」上・下(上は 『近世中期文学の研究』〔笠間書房、1971年〕所収、下は九州大学文学 部『文学研究』第73輯所収)を参照されたい。

神戸大学国際文化学部講師 宇野田尚哉

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