奈良女子大学学術情報センター
 所蔵資料電子画像集   女性関連資料 

孝 女 登 勢 傳

本  文
  翻刻文あり  


翻刻文は別ブラウザが開きます

  翻刻文の作成については、本学文学部日本アジア言語  
  文化学講座学生大西由美子さんの協力を得ました。   
            解 説
 内題「孝女登勢伝」。ただし序文首には「孝子伝」とあり,版心およ び題僉には「孝女伝」とある。杉本正水著,久世友輔序。本文・序文と も文化5(1808)年12月成稿。刊行はそれからまもなくであろう。
 杉本正水は伝未詳。久世友輔(1751-1814)は美濃大垣の心学者。手 島墸庵に心学を学んで帰郷後に深造舎を設立し,子弟の教授に努めて藩 侯より三度の恩賜を受け,また各地に遊説して伊勢津藩藤堂氏など六諸 侯の聘に応じたという(『国書人名辞典』)。正水は,友輔が伊勢国を 訪れた際に親交を結んだ人物のうちの一人で,「ことに道に志厚」く, この書を著して友輔に序文を求めたのであることが,本書序文から知ら れる。
 登勢(とせ)は寛政元(1789)年の生まれ。6歳のときに伊勢国安濃郡 連部村(津藩領)の伝蔵夫婦の養女となったが,養父母が癩病に罹って しまい,苦しい生活を強いられることになる。しかし登勢は,実父母の もとに戻ることなく,養父母に孝養を尽くした。文化5(1808)年夏,藩 が「孝子并ニ奇特なる者あらバ申出よ」と領内に命じたため,連部村の 村役人は登勢の行状を申し出た。すると早速6月4日には役所へ召し出さ れ,登勢は褒美として米20俵を下賜された。本書末尾に収められた「覚」 は,そのとき与えられた書付である。
 本書は以上の経緯を記した登勢の伝記で,だいたい「覚」の記述に沿 った内容となっている。近世後期には,孝子の顕彰が,幕府や藩によっ ても,あるいは民間の学者(儒者や心学者)によっても,盛んに行われ ており,孝義録や孝子伝・孝女伝の類がたくさん刊行されているが,本 書もそのような動きのなかから生まれてきたものであるといえる。

神戸大学国際文化学部講師 宇野田尚哉

Copyright (C) 1998-2014 Nara Women's University Academic Information Center. All rights reserved.