細川忠興の室 細川越中守忠興の室は。明智日向守光秀の女なり。天賦才 敏。温和にして。賢婦の聞えありし人なり。初め細川家に嫁 するや。未だ幾もなくして。天正十年六月。実父光秀。其主君。 織田信長公を殺せし時。光秀より。姻族の事なればとて。贈 り物。若干を持せ。使を遣はして。細川家に援兵を請けるに。 藤孝。忠興の父子は。固く義を守りて。光秀の不忠を憤り。使 者を追ひ還し。忠興は内室を呼ひて汝も今日は謀反人の 娘なれば早々親里に帰るべしとて。即日に使者を添て。送 り還されけるにぞ。内室も忠興の怒りは。父の不忠より出 たる事なれば。深く心に羞悲しみて。兎角に言ふべき辞もなく。 是迄恩愛を受し一礼をのべ。尽きせぬ真情に。落る涙 を押拭ひ。泣く〃〃明智の家にぞ帰りけるが。父光秀は日 ならずして。城州山崎の戦ひに破れ。明智の一門悉く亡び けるに。前の忠興の内室は。羽柴秀吉の計らひにて助け出 され。其後秀吉の媒介にて。再び忠興に帰ぎ。更に関雎の契 りを結びけるが。頃しも慶長五年の秋。石田治部少輔三成。 豊臣秀頼を勧めて。徳川家に敵対せし時。国々の諸侯の。内 室方。皆大阪に在しかば。三成の謀にて城中に引入れ。人質と なさんとせしに。此時忠興には。関東に属せしを以て。三成