卒業生の声: 奈良女の雰囲気 [言語文化学科]

大学院へのいざない

卒業生の声: 奈良女の雰囲気 [言語文化学科]

日本アジア言語文化学専攻 1998年3月卒業 (2001年3月大学院博士前期課程修了) Nさん

奈良女子大学から離れて数年が経ちましたが、今でも、日本アジア言語文化学共同研究室で友人や先輩方と文献に埋もれていた時間を懐かしく思い出します。
 日アの授業は、研究の第一線で活躍されている先生方から熱心にご指導いただく少人数の授業であり、準備には相当の時間が必要でした。しかし、文献に出てくる一言一句の意味やその歴史を自分の手で調べていくことは、とてもワクワクする作業でした。時には、先生の研究室で授業を離れてお話を伺ったり、文学好きの仲間と夜を徹して熱く語ることもありました。そんな時間をもっと続けたくなった私は、大学院に進学して、自分の納得がいくまで修士論文に取組みました。
 公務員として就職したため、仕事と国文学の研究とは直接関わりはありません。でも、「言葉」について真剣に向き合い、文学に表現される「人間」を掴もうとした日アでの経験は、私の中で非常に貴重な財産となっています。

ヨーロッパ・アメリカ言語文化学専攻 2006年3月卒業 Mさん

高校生のときは大学生がどんな勉強をしているかあまりわからなかったので、偏差値とか自宅からの距離とかイメージとかで大学を選びました。幸い高校生時代の私の直感は正しかったみたいで、いろんな意味で恵まれた環境で学生生活を送ることができました。奈良女子大学の校風は、地味で質素です。華やかな女子大生活に憧れる人にとっては物足りないかもしれませんが、ともかく私にはそれが合っていました。地味で質素というのは古風な美徳であって、もちろん否定的な意味ではないし、それはださくてセンスがないということと一致するわけではありません。変な見栄を張る必要がなく、やたらとハイテンションである必要もなく、自分にとってふさわしい生き方とはどのようなものであるかをじっくりと見据えることができました。
 さて私は文学部の中でも欧米の文学を専門とする講座に所属しました。文学は実学とは違って、就職とか実生活とかの役に立たないという悪口を聞いたことがありますが、そんなことはありません。そもそも、勉強したことはすぐ金銭的なものに換算されなければならないと考えている人は、大学で学ぶ必要はないような気がします。では、文学を学んだらどういういいことがあるのか。孤独に耐えることや変わらない価値を見る目を養うことと、落ち着いて考える癖をつけること、すなわち、心豊かに生きるための術を身につけることができるといういいことがありました。好きな本をのんびり読んで、あれこれと考える、そして考えた結果書いたレポートや卒論を丁寧に読んでくださる先生方がいらっしゃるというのは贅沢な環境であって、人生の一時期においてそういう環境で過ごせたことをありがたく思っています。

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