第16回佐保塾 史跡めぐり(佐保会大阪支部共催) 

        講演と見学>『大坂夏の陣400年』講演と大阪城を歩くを開催しました

   

開催日:平成27年10月8日

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演題:大坂夏の陣400年 その実態と「元和堰武」の意味を考える―「黒田屏風」を手がかりに―

講師:渡辺 武元大阪城天守閣館長 開催:平成27年10月8日(木)(KKRホテル大阪・大阪城)


    秋天高き一日、正面に大阪城天守閣を臨む会場に、東京、香川、近隣府県の佐保会員60名が集い、初

めに高津秀子佐保会副理事長のご挨拶をいただいて、盛大に行われました。

   今年は大坂夏の陣400年の年に当たり、渡辺武元大阪城天守閣館長が、黒田家伝来(現大阪城所蔵)「大

坂夏の陣図屏風」の映像を示してのご講演で大坂夏の陣の真相、また大阪城見学に際し、一般に知られざ

る側面が熱く語られ、大阪城の真実を伺い知り、認識が一新された感がありました。

   大坂城は、慶長20年(1615年)5月7日落城、翌日秀頼は自刃します。六曲一双(横7.2縦1.5m)の屏風には

実に7051人の人物が描写され、右隻に家康や幸村などの威風堂々たる戦闘の様が描かれています。が、

この戦は単に大坂城近辺の戦ではありません。天王寺の茶臼山・生野のお勝山はもとより、広く周辺一帯で

も熾烈な戦が繰り広げられます。大坂城や船場から淀川方面へと北に逃げ惑う住民たちの様子が屏風左

隻に細密に描かれています。橋は前日に壊され、川を渡る人々を既に待ち受けて身ぐるみを剥がし、荷物を

略奪する野盗の一団、にせ首として差出すために首を切られる無抵抗のおびただしい民衆や敗走兵、奴隷

狩りに遭う人々、雑兵に襲われる女性、家々を荒らす夜盗など克明な写実的描写です。渡辺元館長のご説

明により凄まじい戦禍、まさしく「歴史事件」とも言うべき大坂夏の陣の恐るべき実態が明らかにされました。

家屋9万戸が破壊、焼滅して20〜30万といわれた当時の大坂庶民の悲惨な様子、戦国の世の苦しみ、悲し

み、怒りが込められた屏風絵は、ピカソのゲルニカを思わせると言及され、その後元和と元号を改め武器を

用いない堰武の世が250年続いたが、先人からのメッセージを真摯に受け止めたいと結ばれました。

   見学では、徳川再建の大阪城は既に往事のものでなく、昭和6年市民の寄付金で天守閣が再建され、二

の丸に見る石垣も徳川時代の切込ハギの四角い石垣で、秀吉時代の野面積三段の石垣は地下に埋もれ

ており、その発掘に向けた熱い思いのこもるお話は尽きることなく、印象深いものでした。

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当日の風景

        

  

当日のちらし