法人化で附属教員の待遇はこう変わる

社会保険労務士 大西 守


公務員から「労働者」へ

 平成16年4月から、国立大学の附属学校の教員は公務員ではなくなります。文部科学省の付属機関であった国立大学が、それぞれ独立した「国立大学法人」となるのに伴って、教員の身分も変わることになったためです。公務員から、原則として一般の「労働者」と同じになります。

 かつて、「先生は聖職か労働者か」という議論がありましたが、そういう話ではありません。教員の任免や、給与、勤務時間などの勤務条件の裏付けとなる法律が変わるということです。

 いまは国家公務員法、人事院規則、教育公務員特例法などが教員の勤務条件をこと細かく決めています。

 これからは、民間のサラリーマンと同じく、労働基準法や労働組合法などが適用されます。教員は、国立大学法人と「労働契約」を交わし、「就業規則」に基づいて勤務をします。労働組合を作って労使交渉をし、ストライキをすることもできます。

 私は、社会保険労務士という、中小企業を顧客として労働基準法など労働関係の法令やその関係手続に関わる仕事をしていますが、奈良女子大学の附属中等教育学校が私の母校であり、また子供たちもお世話になっているご縁で、同校での法人化後の労務問題について何度かご相談を受ける機会がありました。


残業手当をどうする

 日常の勤務面で問題になりそうなことの一つに、いわゆる「サービス残業」があります。多くの先生方、とりわけ使命感と誇りを強くお持ちの附属の先生は、夜遅くまで残って仕事をしたり、休日も部活動の指導に時間を割いても、強いられた「残業」という意識はあまり持っておられません。仕事を自宅に持ち帰る場合も同様です。

 しかし、先生方の勤務実態は、労働基準法に照らすと法令違反となる怖れが多分にあります。勤務時間そのものが長いことに加え、それに応じた「超過勤務手当」が支給されていません。というのも、現在の法令では、建前上、教員には特別な場合を除いて超過勤務というものがそもそも存在しないことになっているのです。

 授業時間とそれ以外の時間とでは緊張度が違うとか、研修や夏の長い休みもあるというような、世間の目も総合的に配慮してのことかもしれません。

 ただ、長時間勤務や休日勤務は事実としてあるわけで、そういう勤務の「特殊性」の代償として、現在は「教職調整額」という名称で、俸給の4%分が上乗せ支給されています。それですべて埋め合わせがつくとは思えませんが。

 来年4月からは、こういう考え方は通らなくなります。「1週40時間、1日8時間」という、法律で定められた時間を超えて勤務をするためには、あらかじめ労使の「協定」が必要ですし、その協定に基づいて残業をすればそれは決して「サービス」ではなく、その時間に応じた割増賃金の支払が必要になります。

 しかし、国立大学への国からの交付金は基本的に削減の方向にあります。今まで支給していなかった手当を法人化後に新たに出すのは事実上困難です。

 そこで、教員には夏休みなどの長い休業期間があることを逆に活用し、こういういわば「閑散期」にはできるだけ休日を多くすることで、年間平均では法定の労働時間を守れるようなしくみを採用して、実態をあまり変えることなく人件費も増やさないようなやりかたを、各附属校のなかには検討しておられる所もあるようです。


業務内容や分担も柔軟に

 俸給や諸手当など給与面は、少なくとも来年度はほぼ現状が維持されるでしょう。
 
労働基準法というのは、労働条件の「最低条件」を定めるもので、それ以上のことは労使が対等の立場で話し合って決めることになります。しかし、いままで国家公務員法などが保証していた教員の待遇を、これからは労働基準法が適用されるからそれさえ守ればよいと、急に引き下げることは、労働基準法自体が禁じています。

 ただ、現在の待遇は決して既得権ではありません。数年後も現在の待遇が維持される保証はありません。国立大学法人は、6年間の「中期目標」とそれを実現するための「中期計画」に基づいた事業運営をし、それを国がどう評価してくれるかで交付金の額が変わってきます。また、能力や業績を反映した給与体系を取り入れていくことが期待されており、これまでの一律の年功給与を続けることは次第に難しくなります。

 個々の労働者の勤務実態の評価を通じてその能力の水準や発揮度、業務への適性、意欲や態度などを客観的に把握し、人材の有効活用と戦力化、適性配置や能力開発などに役立てようとするものとして、「人事考課」があります。法人化後の附属校にもゆくゆくはこういうしくみが取り入れられるでしょう。この人事考課に基づく資料はまた、一方で、昇進・昇格、昇給、賞与などに反映します。年齢や勤続年数が同じでも給与では多少の差がつくことがいずれ現実になるでしょう。保護者の立場からすると、先生には教科の指導はもちろんのこと、生活指導やクラブ活動の指導などあれもこれもと期待しがちです。そして附属の先生がたはそれに応えて下さっています。

 ところが、そのことで先生に過重な負担を強い、待遇面でも不本意な状況になれば、先生の誇りと勤労意欲は損なわれてしまいます。また、長時間勤務を減らし、先生がたの私人としての、あるいは家庭人としての時間を確保してもらうことは、単に労働基準法の制約があるからというだけではなく、先生がた自身の心身の健康を保つうえでも大切で、ひいては生徒・児童にとっても好ましいことです。

 となれば、いま先生がたが担当しておられる業務の内容や分担のしかたについても見直しが必要かもしれません。法人とその附属校の目指すところにしたがって、いままでになかった新しい業務が加わるでしょうし、他方、なくしてしまう業務も出てきます。

 個々の教員についても、これからは身分保障的な「任用」ではなく、「契約」に基づいて勤務することになります。契約の内容は当事者どうしで決められますから、柔軟な働き方が可能です。

 専門の教科の指導は得意だけれども生活指導や校内の雑務は苦手、という先生は、授業専門として法人と契約を交わせばいいでしょう。部活の指導に能力を発揮される先生とは、他の業務の負担を少なくする、という契約内容にし、それに対応した待遇を用意するということも可能です。

 法人になれば、国からの交付金以外の財源の工夫が必要になります。といっていきなり授業料の引き上げは保護者としては歓迎できませんが、保護者はいわば法人にとっては「顧客」のひとつです。附属校が提供するサービスとその費用について、それぞれどういう形とどの程度の水準が望ましいのか、議論に関わる場面が増えるかもしれません。それによって先生方の待遇は違ったものになるでしょう。


できれば安定した雇用関係を

 契約関係になると身分保障が不安定になる、という心配を先生がたはもたれるでしょう。

 不況の中、民間企業では「リストラ」が退職勧奨や解雇を意味する日常語としてすっかり定着しています。

 実際、労働基準法では、契約関係の解消、つまり「解雇」は、合理的な理由があって社会通念上相当なものであれば、原則として自由です。

 もし国立大学法人自体が財政的に苦しくなり、人員削減が避けられなくなれば、解雇という事態も起こりえます。

 おまけに、附属の先生がたは、これからは雇用保険に加入することになっています。いわゆる「失業保険」です。今は公的な保険はすべて国家公務員共済で保障されています。来年4月からは、医療保険や年金は従来のままですが、労災保険と雇用保険には民間労働者と同じように加入することになります。

 退職された先生が公共職業安定所(ハローワーク)に足を運ばれるというのは、日頃公共職業安定所に出入りしている私にとっても、ちょっと想像しにくい話で、一種のカルチュア・ショックです。

 附属学校には、非常勤の教員や雇用期間があらかじめ決められた職員がおられます。学校全体の運営上、複数の雇用形態で臨むことは今後も必要と考えられますが、ともすればこれらの教職員の方が不安定かつ不利な立場におかれることになります。

 労働者として契約を結ぶという点では、いわゆる正教員もそれ以外の教員も同じですから、契約内容に誤解がないような形で雇用関係に入ること、同じ職務内容であれば処遇においても可能な限り均等な取扱いをすることが求められます。


 公務員ではなくなるからといって来年4月に附属教員の待遇が一挙に変わるものではありません。「官から民へ」のスローガンが錦の御旗のように叫ばれていますが、民には民の問題があります。たとえば今後教員の世界にも広がるであろう、能力主義、成果主義的な給与体系は、民間ではかなり普及してきましたが、一部には行き過ぎた成果主義はかえって職場のモラルを低下させることがありますし、「雇用の流動化」も、極端に走れば職場への愛着や忠誠心が薄れかねません。最近は「終身雇用」の良さを見直す動きもあります。

 先生方には適度の緊張感の中にも安心して職務に専念していただきたいものです。そういう先生の姿を目にすることにより子供たちも大きく育っていくのではないでしょうか。