仏教――南伝仏教と北伝仏教――

授業で仏教には大乗仏教と小乗(上座)仏教の2つがあることを学んだ。私は仏教徒というわけではないが、日本が一応仏教に存しているので、調べようと思った。

@仏教とは

 仏教は、インドの釈迦(仏陀)によって始められた宗教である。

 インドにはヒンズー教という、3000以上の基本的な社会集団のカースト制を基盤としたインド社会の伝統的な制度や慣習の総体があった。そのヒンズー教には、特定の教祖や教典がなく、霊魂の不滅と生まれ変わりを信じ、殺生を嫌い、一般に肉食はしない。そして人は生まれながらにあるカーストに属している。カーストの一員としての宗教的な義務を守り、行いを正して神に近づくことで、よりよい来世を得ることが出来るという考えが、人々の生き方を定めている。あるカーストに属する者は、祖先が同じだと信じ、共に祭りを行い、原則として同じ職業に就き、その集団の外の人とは結婚したり、食事を共にしたりしないカースト集団の儀礼的な上下関係から、差別が発生した。

 釈迦はこのカースト制を否定し、仏の前では人間は皆平等であると説いた。そして、仏教は、北伝仏教(大乗仏教)と、南伝仏教(上座仏教)とに分かれた。紀元前3世紀頃、インドで最も勢力を持っていたアショカ王が信者になり、その後仏教はインドでは衰えてしまったが、アショカ王の息子がスリランカで教えを広めたことにより、東南アジアやアジアの他の地域に広まった。この東南アジアに伝わった流れが南伝仏教といい、もう一つの大きな流れを北伝仏教という。

図 仏教の伝来ルート

 

A 南伝仏教

 南伝仏教を唱える国は、スリランカ、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジアなどがある。

 修行僧達はアラハー(阿羅漢)になることを目標としている。アラハーとは、自分の力で不死の状態に達し、自分で救いを見いだした人の事である。そのため、自分が悟りを開くことを目的に、厳しい戒律に従う出家中心の宗教になった。このことから、南伝仏教は、小さな乗り物という意味で、小乗仏教と呼ばれることがある。しかし、この言い方は北伝仏教から見た偏見である。

  ところで、仏陀の教えをそのままに生きようとした人たちは、最初在家の信者、つまり出家していない信者から食べ物や飲み物のほどこしを受けながら歩き回っていた。やがて僧院ができ、その中で共に生活できるようになると、はっきりとした教団を形づくって、サンガと呼ばれる要になった。サンガは初期の頃から仏教の中心になっていた。

 僧はオレンジ色の僧衣を着て、頭を剃り、裸足かサンダルばきで歩いている。僧院には子供のうちに入ることができ、その後相談して、もし僧院の生活がその人に適しているということになれば、正式に僧として認められ、サンガに身をゆだねる。そして、僧として新しい名前、法名をもらい、非常に厳しい戒律に従って生きる義務を負う。また、簡素で厳しい生活を送る。瞑想と読経に大部分の時間を費やし、経験豊かなる僧ならば、信者や若い坊さん達を集め、仏教をわかりやすく教える。彼らは毎日、在家の信者から施しを受けるために鉢を持って、托鉢に歩く。食事は一日一回だけで、午前中に食べることになっている。結婚も遊びも許されず、身に僧衣をまとうだけで、財産を持つ事も許されない。

 タイやミャンマーでは、仏教徒の男性は、一生のうち一定の期間を僧侶として過ごさなくてはならない。

 

B北伝仏教

 北伝仏教を唱える国は、ブータン、ネパール、中国、ベトナム、朝鮮、日本などがある。

 ボーディサッタ(菩薩)を理想とする。菩薩とは、自分の力で不死の状態に達することを知るに優れた人間でありながら、苦しむ人を哀れむ心からこの世にとどまり、他人を助けるために自分の救いを捨てた人のことである。そのため、広く民衆を救おうという立場から、他人への奉仕を重んじる、もっと大衆的な宗教になった。他人を救うことによって、自分も救われると考える。このことから、北伝仏教は、大きな乗り物という意味で、大乗仏教と呼ばれることがある。

 ところで、北伝仏教の僧達も結婚はできず、一定の戒律に従って生活する事になっている。しかし、南伝仏教徒は違い、その戒律は一般に緩やかである。例えば、日本のお坊さんはお酒も飲み、お金も持ち歩き、結婚している人もいる。南伝仏教の僧に比べると、暮らしを立てるための仕事にも、ずっと長い時間をかけている。

 


感想

 同じ仏教であるはずなのに、全く正反対の事を説いているようにも感じられる。別の宗教と言ってもいいくらいではないか。南から伝わった者と、北から伝わったものと、こんなに差がでるものなのだろうか。しかし、実際にこれだけの差が出ているのだ。北と南では何が違うのか、言語でも、文化圏でも、人種でも、共通点や相違点は見つけることができなかった。一番考えられるのは文化ではないか。北伝仏教では、ベトナムを除いた地域は東アジア文化圏で、南伝仏教はスリランカを除いた地域が東南アジア文化圏である。しかし、文化の違いで教えが変わるというのは考えにくいかも知れない。

 


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