日本がアジアにしてきたことに対して
アジアの人がどう思っているか

23班 一ノ間,大浦,阪本,益田

シンガポール事前学習(目次)
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1、シンガポール華僑粛清

☆歴史的流れ

☆華僑粛清についての証言(『神聖国家日本とアジア』鈴木静夫編)
2、中国

☆略歴

1894. 日清戦争:下関条約をむすび、遼東半島、台湾を日本にゆずる。
1904. 日露戦争:遼東半島南部の租借権と南満州鉄道を日本が手にいれる。
1915. 二十一カ条要求 。
1931. 満州事変 。
1937. 蘆溝橋事件:日中戦争。
☆南京大虐殺についての証言(『中国の旅』本多勝一著)

「徳さん(54才)は、矯正院の近くに住んでいた農民である。ある日、その前の畑で種蒔きをしていた。数人の男たちが全速力で逃げ出した。すぐうしろを看守が追っている。一人が捕まった。連れ戻されるその男は、すっかり頭をたれて、観念している。庭のすみに枯れ木があった。男はこれに縛りつけられた。看守らが、炊事場から熱湯を持ちだし、男の頭からぶっかけた。男は絶叫して、気絶した。さらにボロ布を持ち出して、男の体を包んだ。石油をかけると点火した。徳さんの眼前で、見知らぬ男は黒こげになって死んだ。」
☆アンケート結果

天理大学の留学生の中国人にアンケートをしました。
(時間がなくてまだ回収できていないので発表するときに結果を報告します。)

3、フィリピン

☆略歴

1941.12.8. 太平洋戦争開始。日本軍のフィリピン攻撃開始。
12.10. 日本軍フィリピンに上陸作戦開始。
1942.1.2. 日本軍マニラ市占領
3. 全国抗日人民軍(フクバラハップ)結成。
1943.10.14. 日本占領下でのフィリピン共和国独立。
1944.10.20. 米軍レイテ島上陸作戦開始。
1945.1.9. 米軍ルソン島上陸作戦開始。
2.23. 米軍マニラ市占領。
6.21. ルソン島の戦闘終了(米軍発表)。
1946.7.4. フィリピン共和国独立宣言。

☆フィリピン住民虐殺(『ワラン・ヒヤ』石田甚太郎著)

☆フィリピンと日本の関係を考える(アンケート調査)
フィリピン大学の学生214人に、95年 3月 1日〜 3月10日にかけておこなわれた面接形式のアンケート

4、 朝鮮・韓国

☆略歴

1875. 江華島事件:日本の軍艦が朝鮮の江華島砲台から攻撃を受けた。
1876. 日朝修好条規:日本が朝鮮をむりやり開国させた。
1910. 8. 韓国併合:李王朝下の大韓帝国が日本の日植民地になった。
1992. 3. 日本で外国人登録法改正:在日朝鮮人の指紋押捺制度廃止。
1994. チマ・チョゴリ暴行事件:北朝鮮核疑惑に関連して在日朝鮮人学生へのいやが らせが頻発。

☆日韓共同世論調査(数字は%)

Q1、あなたは韓国(韓国調査では「日本」)が好きですか。
日本側 韓国側
好き 12 5
嫌い 23 66
どちらでもない 61 24
その他・答えない 4 5

Q2、<日本調査>韓国といえばなにを思い浮かべますか。(自由回答)

日本が侵略、虐待したこと 9
キムチ・韓国料理など食べ物 8
嫌い 8
経済発展 6
ソウル・オリンピック 5
盧泰愚大統領・大統領訪日 4
民族衣装・踊り・文化、隣の国、38度線、
遅れている、戦争・戦時中のこと、人柄がよい・仲良くしたい
各3
大韓航空機事件、在日韓国人のこと、独裁・軍事色 各2
その他 3
特にない・答えない 25
(一部略)

<韓国調査>日本といえばなにを思い浮かべますか。(自由回答)

植民地統治・歴史的苦痛 33
経済発展(技術水準) 16
利害打算的 14
敵対感・反日感情 10
戦争(侵略) 8
好意的なイメージ 5
先進強大国、日本語・風物 各2
不平等な韓日関係、警戒心・競争心、民族独立運動、隣国 各1
その他 3
特にない・答えない 25

Q3、あなたは韓国(日本)の歌を聴いたことがありますか。

日本 韓国
ある 64 73
ない 34 27
その他・答えない 2 0

Q4、あなたは韓国(日本)の小説を読んだことがありますか。

日本 韓国
ある 7 41
ない 93 59
その他・答えない 0 0

Q5、あなたは韓国(日本)へ行ったことがありますか。

日本 韓国
ある 8 6
ない 91 94
その他・答えない 1 0

Q6、あなたが韓国(日本)についてもっと知りたいと思うのは、どんなことですか。


5、インタビュー

☆マレーシアの34才の女性Nさんの話

「父は戦争が終わったとき16才、母は13才だった。日本軍が来ると男性は、ビルマに(鉄 道の)レールを引くのにつれて行かれるので、それから逃げた。女性はレイプされそうだっ たので逃げた。戦時中、祖父は農夫をしていた。空襲から(日本軍の?)逃れるため防空壕 に逃げた。マレーシアの人は物が足りなくなったので、いろんなところに買いに行った。さ つまいもなどを食べた。」

(「それでは、あなたはさつまいもがきらいですか」と聞くと)

「私は戦争を経験していないから好きだが、戦時中はあまりおいしい料理を作れなかったから父や母は嫌いかもしれない。同じ物ばかりたべていたからね。」

「戦争の話は、『食べ物を粗末にしたら(戦争とかになったときに)困るから大切にしないとだめだ』というような時に、両親から聞いた。第二次世界大戦のことについては、中学2年から学校で習う。」

「第二次世界大戦のよかった点は、独立が早くなったこと。イギリスや日本に占領されて、もう他国に占領されるのは嫌だという気持ちが民衆のあいだに広がっていった。」

「日本軍は怖かった。殺したりしたから。しかし、イギリスは経済的には搾取したが、直接には悪いこともいいこともなにもしなかった。でも日本は泥棒みたいだった。その時はこわかった。今でも戦争を経験した世代は、日本をこわがっている。」

「(今)日本人は親切、やさしい。日本では、買い物などが外国人でも日本人でも同じ値段。でもマレーシアは違う。そういう点は日本のほうがいい。」

「(日本人の若者に望むことは)会話に不便だから、英語を勉強すること。」
…マレーシアの歴史
1941.12. 8. 太平洋戦争開始
マレー半島コタバルに日本軍上陸。
1945.10. 「マラヤ連合」案、イギリス議会に提出。
・シンガポール以外のマレー半島を統一
・マレー半島に生まれたすべての人種に平等の権利を与える。
1948. 2. 1. マラヤ連邦発足(イギリスの監視下)
1957. 8.31. マラヤ連邦完全独立

☆戦時中、日本語教育の教科書をつくるためにシンガポールに派遣されていた女性の話

(彼女は高齢のため、彼女の従姉妹にあたる人に話を聞きました。)

「私の従姉妹は、戦前にワシントン大学に留学し、シンガポールが陥落すると、文部省か 外務省かは忘れたけれど、中尉相当官(*)としてシンガポールに派遣されました。そのと きの話はあまり知りませんが、3年ほどはシンガポールにいたのですが、戦況が悪化して最後 から二番目の御用船で帰ってきました。彼女は死ぬ覚悟でいたらしく、私の父に(彼女の叔 父にあたる人)に遺書と髪の毛を送ってきていました。」

*当時は女性の軍人はいなかったので、「中尉」ではなく「中尉相当」であった。


6、みんなの感想
☆中国の南京大虐殺について(阪本)
これと同じようなことが気の遠くなるほど行われ、その犠牲者の数は、30万人にのぼるという。日本人としてというより人間として信じたくないような話だが、この本によって人間の、優しさ、温かさというものは、残忍さと紙一重だということを思い知らされた。そして、このような、人間の精神のもろさを理解しなければ、同じようなことが起こりつづけるだろうと思った。

☆フィリピンについて(益田)
フィリピンで日本軍がこんな大量虐殺をしていたなんて知らなかった。
証言の中に、「日本軍のしたことは、戦争中のことだから許すが、事実については決して忘れない。日本の若者がこの虐殺について知らないというのが信じられない。」というのが、いくつかあった。私自身、この本を読むまでフィリピンの虐殺なんて知らなかったし聞いたこともなかった。日本史の教科書にも、シンガポールとフィリピンの虐殺をあわせて一行ぐらいしか載っていなかった。小学校や中学校でも習わなかったように思う。日本の悪い面ばかり強調するのも弊害があるとは思うが、二度と繰り返さないためにも事実は事実として教える必要があるのではないだろうか。本の中で、著者が「(インタビューした人の)写真を撮らせていただけますか。」と尋ねると「日本軍の悪い部分を話してしまったから、あなたの本が日本で発刊された後に日本政府が私を捕まえにくるかもしれないからダメだ。」と答えている人が多かったのが印象的だった。戦争が終わって50年もたっているのに、まだ当時 の虐殺の傷跡が残っているのがショックだった。

☆シンガポールの華僑虐殺について(大浦)
「過去のことだ、でも決して忘れてはならないことだ」証言の中で一番多くまた心に残った言葉だ。この背景には、急成長を遂げているシンガポール経済を支援する国の一つに日本があり、シンガポール政府が『日本に学べ』をモットーとしていることがある。でも、50年前のことを歴史のこととしてしまっては同じことを繰り返しかねない。被害者がもうすんだことだと言ったからといって加害者が事件のことをきちんと学ばずに歴史の中に埋めてはならない。きちんと事実を認めて子供たちに教えていくことが、金銭面だけではない本当の戦後補償になるのだと思う。

☆日韓共同世論調査について(一ノ間)
世論調査から双方の国が両国間の歴史について見直す傾向になっているようだけどもっと相手国を知ることが両国関係を良い方向へもっていくのではないかと思う。相手の国へ実際に行った人は両国ともすごく少ないし、また、日本では韓国の歌、小説などの文化に触れることも少ないから、まず相手のことをよく知るということへの努力が必要である。それに、政府の対応としても、軽はずみな言動は慎むべきだ。その一言なり行動で両国間の好き嫌いの感情が大幅に変わるのがよくわかった。

追加 朝鮮・韓国の話