公開シンポジウムへのご案内

「生徒のことばから見えてくること―転換期における中等教育をめぐる対話―」


人間の痛みはまだ解明されていない、とある整形外科医から聞いた。万全だと判断しても、患者が痛いといえば、完治したことにならないと彼はいう。患者の言葉に耳を傾けることだ、と彼は続ける。表現は主観的であるのだから、互いに言葉を交わしながら、客観化していかねばなるまい。行きつ、戻りつである。この反復には、互いの信頼関係がなくてはならない。「相手から学ぶことだ」と彼はいう。

 なぜそんなことを書くのか。整形外科医が何気なく笑いながらいったこの言葉が、中等教育が抱えている問題を考えていくための姿勢を示唆しているように思われてならないからだ。たとえば今日、生徒から言葉を引き出すのは実に難しい。生徒がうまく表現できなかったり、こちらが聞き逃してしまうこともある。生徒も教師も、そして保護者も、互いの言葉に耳を傾けあうことができなくなっている。

 教育を語る言葉が少なくなっている。その代わりに「心の闇」「癒し」といった漠然とした雰囲気を表す言葉が闊歩している。それは教育を捉える力の衰えであろう。あるいは、複雑であいまいな教育問題を理解しようという意志の欠如の表れではないだろうか。

 このシンポジウムがめざしているのは、生徒のことばを集め、それに寄り添いながら、中等教育が抱えている問題を考えてみることである。問題提起者の三人(本校教員)が、それぞれ見つけた生徒のことばを紹介し、問題として見えているものをよりいっそう正確に、ことばにならないものは何とかそれを理解し、対話しようと試みることである。コーディネーターとコメンテーターの力を借りながら、また、参加者の力を借りながら、考えてみたいのである。それが私たちのいう「対話」である。

「対話」の場は誰にでも開かれている。ただし、私たちがつくりたいのは処方箋ではない。「問いの共同体」だ。「このことばについてあなたはどう考える」「私はこう考える」「僕はこうだな」―そんな「問いの共同体」における営みが、洗練された実践と理論の豊かな土壌へとつながればと願うのである。「生徒に学びなおす」―これを合言葉に集まってみませんか。

問題提起者を代表して 鮫島京一


日時:2月26日(土) 13:45〜16:00

場所:多目的ホール

コーディネーター:西村拓生(奈良女子大学)

問題提起者:鮫島京一「つながりの発見―個性的ではあるがバラバラな生徒をどうつなぐのか―」

      吉田隆「学園祭総括などのことばから見る生徒の変容」

      羽田好江「語ることと語らないこと―保健室は今―」

コメンテーター:春日井敏之(立命館大学)