話題提供3 子どもが衝動とのつき合い方を身につけるとき ―― 文化的営みの形成と子どもの発達の共振
                                             當眞千賀子(茨城大学人文学部)


 子どもが生活する現場で、学級崩壊、情緒障害、注意欠陥多動性障害といったことばが飛び交うようになって久しい。子どもの生活の場に身を置いていると、何かが崩れていくような気配の中で、大人たちが衝動的に動く子どもとのかかわりで感じる不安や戸惑い、憤りに困惑している姿を目の当たりにすることが少なくない。不安のエネルギーはその行き先を求めて「問題」の原因探しへと大人を駆り立てる。原因がひとつに特定できるならまだしも、そうでない性質の「問題」の原因追及は不安を解消するより長引かせる方向に働いているように思えてならない。
 今回の発表では、あえて原因探しを棚上げにしたまま、具体的な実践の積み重ねを通して子どもも大人も変化した事例を取り上げ、文化的営みの形成と人の発達について考えてみたい。この事例は、現在ある保育所で展開中のプロジェクトからの報告である。このプロジェクトは、「形成的フィールドワーク」(當眞,2004)を通して、保育所のスタッフ、子どもたち、保護者たちとともに私自身が日々の実践に深く関与しながら、大人と子どもが、そして子ども同士が、互いに育み合うことを支える実践を多角的に形成していく過程の中に研究を織り込む形で進行している。今回は、自分の欲しいと思ったものへのこだわりが強く、それが手に入らないとパニック状態になることを繰り返していた子が、どのような大人のかかわりの工夫と、どのような異年齢集団での活動を通して、自らの衝動とのつき合い方を変化させていったかを紹介する。変化の過程はけっしてなめらかなものばかりではなく、乱反射する光のようなせめぎ合いや、大人の予想をはるかに超えた異年齢の子どもの出会いとかかわりの力を含んだものである。保育所での文化的営みが形成される「動き」と個人の「動き」とが共振し共動するプロセスに注目したい。そして、「原因探し」を棚上げにしたままで、「問題」自体がその姿を変えていくことについて考えてみたい。
 私は、発達の理論とのつき合い方として、発達を「説明」したり「理解」したりするという点からだけでなく、発達の「動き」が生まれるプロセスをどう照らし、実践のあり方を模索する上でどのようなヒューリスティック・ディバイスとなり得るかという観点からその役割を問うてみることが役立つことが多いと感じている。今回報告するプロジェクトは、L.S.Vygotskyの理論との出会いに支えられている面が大きい。時間が許せば、特に、Vygotskyの「発達の最近接領域」と「二重刺激課題」の発想にこめられた創発性、そして系統発生、社会文化歴史的発生、個体発生の交差するところに微視発生を見るという発想から得られる「動き」の連動と奥行きが、このプロジェクトと事例の生成をどう照らしてきたか、またその先に何が生まれつつあるかについても論じてみたいと思う。