【ならじょ Today31 号掲載】
理学部 数物科学科 物理学コース 准教授
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―― 先生の研究について教えてください
専門は理論物理学で分野は原子核ハドロン分野です。ハドロンというコトバは聞き慣れないとは思いますがその性質や構造について実験と理論の両側面から解明しています。研究者はどちらか一方を中心に研究するのが一般的で、私は主に理論を研究しています。
―― ハドロンというものについて高校生をはじめ、専門としていない方にもわかりやすく説明していただけますか?
物体はそれ以上分けられない基本構成となる粒子を素粒子といいます。現在、素粒子は17種類あると信じられており、私たちの体などの「物質」を構成している粒子はクォークという素粒子から出来ていて、クォークは6種類あり、クォークでできている粒子を総じてハドロンと呼びます。
私たちの体はいわゆる原子というもので構成されていて原子は原子核からできています。さらに原子核は陽子と中性子からできており、陽子・中性子はクォーク三つからできています。このようにクォーク三つから出来ているハドロンをバリオン(baryon)と呼びます。もう1種類クォークと反粒子の反クォークからできている粒子を中間子、メソン(meson)と呼びます。即ち私たちの体の中にあるものの大部分がハドロンであると言えます。
―― 先生の研究内容にハドロン共鳴という言葉があったのですがそれについて具体的に教えて頂ければと思います
ギターを演奏して弦が振動して大きく響く箇所がある現象や、オペラ歌手がガラスの前で歌うとガラスが揺れたりする現象を共振と呼びます。ブランコを例にあげてみましょう。こぐ人の横にいて背中を押してブランコの振れ幅、横軸に振動数(リズム)をとると、ある1点のところまで高くなり、ちょうど山のようなグラフになります。このような現象を一般に共鳴と呼びます。同じように、他の現象でも、何かを観測して、山が出来るような結果が出た場合、これも共鳴と呼びます。
ハドロンの場合ですが、ハドロンというものは半減期が非常に短く、作ってもすぐに他の物質に崩壊してしまうため、自然界に存在するハドロンは、ほんの数種類です。そのため人工的に高エネルギーの粒子をぶつけるなどして実験室で作りますが、すぐに別の粒子に崩壊してなくなってしまいます。従って、ハドロン性質を理解する為には、ハドロン自身を観測するのではなく、ときには崩壊していく粒子の痕跡をたどっていかなければなりません。具体的には、例えば、安定している粒子(標的)に別の粒子をぶつけます。このエネルギーを横軸にとり、衝突が起こった後崩壊してくる粒子の数を縦軸にとった図を見ると先ほどのブランコの例に挙げられたように山ができることがあります。その山には必ず何かあるはずなので、それをハドロンができた痕跡であるとします。これをハドロン共鳴と呼びます。実際には、そこからさらに実験を繰り返し、その原因が非常に短寿命の物体いわゆるハドロンが存在するからであるか、何か外部からの作用によるものであるが、それともただの物体の相互作用による偶然起こった現象なのかということを突き止めていきます。このような現象は非常に多数の、異なる種類の実験で確認されますが、すべての現象が完全に理解されているわけではありません。これら一つ一つの現象を理解し、すべての現象を出来るだけ統一的に理解していくことがハドロン物理の目標の一つです。
―― 先生の日々の研究の流れについて教えてください
私はハドロンの性質について研究しています。例えば、今までに立てられている仮説が正しいか否かの検証をするために、原子核の中にハドロンを入れたらどうなるかを予測して計算します。実験がなされれば、その結果を受けてそこから考えられる性質や事象なおも調べます。
ハドロンの性質を見る方法として私は、以下の3つについて研究しています。1つ目は、生成実験といって、安定した粒子に別の粒子をぶつけて、目当てのハドロンが生成される過程を研究するというもの。2つ目の方法は、崩壊実験といって、不安定なハドロンがどのような粒子に崩壊していくかを研究するもの。3つ目は、異なる環境を与えて、どのような応答があるかを研究する方法。私の研究は、ある仮設に対してどのような実験でそれを確認することができるかを考えることが一連の流れです。また、そのような実験は、非常に大きな加速器を用いるので、他大学や他の研究機関と共同研究という形で研究をしています。通常、実験研究者と理論研究者は、互いに独立して研究し、結果を持ち寄って(研究会や学会などで発表し)議論を行っていきます。一方、我々の研究グループは、研究や実験の準備段階から実験研究者と理論研究者が密に議論を行って研究をしていきます。それにより、実験結果がもたらす物理現象の意味を深く理解することが可能になります。
―― 今までの研究で印象に残ったこと、大変だったことを教えてください
奈良女子大学大学院を卒業後、大学の非常勤講師をしていました。その後、大阪大学核物理研究センターに研究員として採用され、またその翌年日本学術振興会の特別研究員に採用されました。その時に交付された自分の研究費でスペインのバレンシア大学に渡って研究する機会を得ました。それまでは大学の先生の指導下で行う共同研究をしていましたが、スペインの大学では同じ年くらいのスペイン人ポスドクと2人で研究を行い、指導教員のいない研究を2ヶ月間行いました。言われるがまま計算するのではなく、自分たちで議論を行い、そして、新たに得られた知見について結論をだし、論文を書き、専門雑誌に投稿して、2ヶ月という短い期間で1つの研究を仕上げるという経験をしました。またこれとは逆に、別の研究者同士で非常に議論が盛り上がったけれど、研究発表するのに非常に時間を要した経験もあります。そのとき、研究者同士で議論しあうのは非常に楽しいことだけれど、「論文を書き(世界に)発表するところまでやり遂げる」ことの重要さに気づきました。
研究を論文として世に出し、公的な機関に審査され、学術誌や論文雑誌に記載されるように情報発信し、研究をアウトプットする作業をしなければ、研究していることにならないと改めて認識しました。
永廣先生の研究用ノート
―― 先生が研究をしてみようと思われたきっかけを教えてください
もともと理科が好きで小、中学生の頃にNHKスペシャルで地球大紀行の番組をよく視聴していました。その番組内でビックバン、素粒子、宇宙などのテーマに魅力を感じ、「theory of everything」とも言いますが、何もかも説明できてしまうという理論に非常に興味が湧いたのが物理の道に進んだきっかけです。素粒子、クォークなどの単語を聞くだけで楽しい時間を過ごすことができました。
―― 高校と大学の物理を学ぶ上でどういうところに気をつけて学べばよいか、教えてください
物理と数学は現在、別々に分類されていますが物理と数学はもともと同じ分野です。数学と物理は共に発展していきました。少し、抽象的になってしまいますが数学から離れると物理は単なる物語(SF)になってしまいます。背景に数学がないと成り立ちません。美しい物理理論というのは美しい数学理論でないと成立しないと言えます。例えば、数学を知らないまま物理をやるとすごく覚えることが多すぎて、時間がかかってしまいます。実験すると3個の独立した関係式が出てくることがありますが、数学を習得していると覚える必要のある式は1個で済み、あとはその1個から導きだすことが出来ることが分かります。高校の物理で覚えることが多くて大変だと感じている人が多い理由は、先に数学を習得することをせずに、平行して数学は数学、物理は物理で学ぶからです。これはカリキュラム上そうならざるを得ないからですが、高校を卒業すると、数学もひと通り学んでいると思います。その知識を持って、もう一度物理を見ると、これまで独立だと思っていた式もいずれか一つの美しい式にまとまることがわかるようになります。ですから物理の分野を目指したい方は数学を是非、勉強してください。
―― 最後に高校生や大学生にむけてメッセージをお願いします
何でもいいので何かに興味を持ち、ワクワクする気持ちを持つことが大切です。
他の人の目を気にせずに自分の好きなことを突き詰めていくのが「学問」になると思います。大学の勉強というものは教えられているものをなんとなく理解するというよりは何か1つ「これは面白い」というようなものを見つけてそれに邁進していくことで楽しくなっていくのではないかと思います。