ば、これをやれとていぬ。さてやがて
のちつゐにけふまでしらずよくて
やあらむあしくてやあらむ。いにし所も
しらず、かのおとこはあまのさかてを
うちてなむのろひをるなる。むく
(玄おそろしきと云心也業平の我がのろふ事を我といふ也)
つけきこと、人ののろひごとはおふ
物にやあらむおはぬものにやあらむ
(おふおはぬ其しるしをは心みむと也)
いまこそは見めとぞいふなる
* 縁をかねてり。木葉の
たまる江は浅くなる物
なれば浅さ縁といへる也
とかきをきてかしこより
師前に歌をよみてをこせ
たりと有て、又かくかけ
り。前のは業平へおこせ
たる事をいへり。こゝは
彼女の兄にむかへる連て
行とていひをきしさまを
かけり。物語にはかやうの
事おほし。源氏物語
ある色清なり
さてやがてのちつゐに
肖業平のしらぬ也行所
もしらぬよし也
よくてやあらむ玄業平女の行所をしらねばよきさまあしきさま得たる所
にゐるやらむもしらずといふ也師つゐにけふまでしらずといひて、かき
ゐて其さいはい不幸をも在所をもしらずといふ文法おもしろし
あまのさかてをうちて清俊成忍守の抄に地神四代彦火火出見尊の兄の
火爛降令の釣針を失ひ給ひて、海中に行て取て帰り給ふ時、海神の
義にて、さまざまののろのろしき事をいひつゞけて、此釣針を後年に
なけ返し給へり。是よりして人をのろふとて手をうしろにやりてたゝ *
* く事あり。其事をあまのさかてうつといふとしるし給へり。さもあり
むべし。但師説には海人のかづきしに海底へいるとて、手にて波を打て
ゆく也。いきをもえせずくるしき事也。業平のおもひの切なる事、海人
のさかてをうちて千尋のそこにいるやうにくるしきをいふなり。
のろひをるとは其人を切にうらむを云也玄肖同義。師釣針を波手に
なけ返し給ひし事は日本紀神代巻の下に委。しかれども当流には不用只
海人の説を用る也。六百番歌合寄海士恋兼家我恋はあまのさかてを
うちかへし思ひときてや夜をもうらみむ右方云あまのさかて異説等
ある事也然に偏に海士に定めたる事如何。俊成卿判詞云左あま
の逆手殊に庶幾すべきにはあらめども、海人によめらむおきては
何のうたがひかあらむや。近来人々実説を出すといふ其理なき歟
愚老こそ往昔によみて侍し。それを難ずる由に侍るも伊勢
物語の外ことなる證拠などあるべし云々。しかればいせ物かたりに
おきては俊成卿の御説にしたかひて、海人の説に決すへし俊成の
御歌は新勅撰にいかにせむあまのさかてをうちかへしうちみて
も猶うらみある世を是也。八雲御抄云、ねたき事を呪詛する
拝也。只ふかきうらみを云也。是らも釣針の説を用ひさせ給はず
其上うしろ手になけかへす説。のろふといふには似かよひたれど、海士の逆
手といふにはかなひがたかるべき也玄旨御説同義 *