聞ゆ、 さにはあらす。 六十余国の内に、 塩竃
  に似たる面白き気色無ゆへに、 爰に移さるゝと、 
  前の事をいふ也。 されはなんとは、 似たる所のなきゆへに、 
  されはなんうつさるゝといふ也。 されはなんと切て、 かの
  翁、 更に爰をめてゝと読へし。 されはなんまては、 
  前の事を云也。 かの翁より、 業平の今見る所の
  ことをいふ也。 爰は筆者の詞歟。 八十二
昔、 これたか  惟喬。 文徳第一之御子。 母、 従五位上、 

  紀静子名虎女。 惟喬、 号小野宮。 
水無せ  別墅をかまへて也。 
ゐておはし  ひきゐて也。 業平也。 
その人の  業平、 阿保親王の御子にて、 四十に余る迄
  如此浅官を、 作者のいたはり云ふなるへし。 
  又、 業平の自書にて、 人数ならぬをいふ歟。 
狩は念比に  此所の詞、 面白と也。 
大和うた  家の章は、 やまとうた。 清輔説は、