七十三 むかしそこにはありときけとせう そこをだにいふべくもあらぬ女のあた りをおもひける (万葉) めには見ててにはとられぬ月のうちの かつらのごとき君にぞありける 七十四 むかしおとこ女をいたううらみて (万葉 拾遺) (はへだてねどイ) いはねふみかさなる山にあらねども あはぬ日おほくこひわたるかな 七十五 (口訳アリ) むかしおとこいせのくにゝゐていきて あらむといひければ女 * 由を准へていへるなるべし せうそこ玄消息必文な どにかぎらず。春信の 言をもいふ也。こゝ詞 もかはさぬ也 めにはみて手清月の桂 を女にたとへていへり 師万葉にはかつらのごと き妹をいかにせむと あり。新勅撰にも湯原王の歌と入。酉陽雑狙云月桂高百丈。下有一人。常 斬之樹創随合其人姓呉名剛これをかつらおとこといへり いはねふみかさなる山に あらねとも師験道の山こそ行 見る事もかたからめ。我 中はこれならねともあひ 思はねば、あはぬ日おほく 恋わたると也イ本山は へだてねど祇相思ふ中は山川をへだてゝもかよふ習ひなるを、我中は岩根ふみ 重る山もへてそねじ。あひみる事なきをかなしむ心也愚案拾遺には恋やわ たらむと有万葉には こひわたるかもと有 いせ□□□□□□□〔のくにゝゐて師〕斎宮 □□□□□□□□□□〔御帰京ののちなるべし〕いせ * おほよどのはまにおふてふみるからに 心はなぎぬかたらはねとも (さう) といひてましてるれなかりけれ ばおとこ (師見るからに心はなきぬとはいひなから増ゝ つれなきと也) 袖ぬきてあまのかりほすわたつうみの 見るをあふにてやまむとやする 女 (師たゞに見るばかりをあひあふにしてはやみがたしといふも 京にて斎宮を見奉る事ときこゆ) いはまよりおふるみるめしつれなくは しほひしほみちかひもありなむ 又おとこ (此歌両説也) なみたにぞぬれつゝしほる世の人の つらきこころは袖のしづくか (一世には詞也)(斎宮なれは也) よにあふ事かたき女になむ * とて逢しこれは人逢 奉むといはむとて斎宮を いせへゐて行てあらむと云也 おほよどのはまに師心は なぎぬは慰むと也万葉に はやゆきていつしか君を 逢見むと思ひし心今ぞ なぎぬる清見るからに といはむとて大淀の浜に 逢ふとはいへり。見るはかり にても心は慰むと也祇是 は業平のあまりにしたひ まいらするをいひのがれむ とてよめる歌也玄同 袖ぬれてあまの玄序歌也 見るを逢にしてやまむと するか。わが心は見るはかり にてはえやむまじきと也 いはまよりおふる見るめの 難面とは海藻の色かは らぬを云師此歌はみる えおあふにてやまむとや すると恨たるを又いひのべ給へる也。見る事だに *