つき可給と申。 楽成 (不知) 長そ御位につき給。 故に小松院と申↓ 也。 [付紙/申楽成長もしらす/心得歟] 百十四 むかし、 仁和の御門、 せり川に行幸し給ひける時、 今はさる 事にけなくおもひけれと、 もとつきにける事なれは、 おほ たかのたかゝひにてさふらはせ給ひける。 すりかりきぬ のたもとにかきつけゝる。 昔、 仁和の御門 ―― 光孝天皇、 仁和元年即位。 御 年五十五。 小松の御門と申。 陽成天王物くるはしく成給 ふ故に、 位を下給ふ事、 御子元良親王を位に つけ奉らんとするに、 国を治給ふへき人ならす。 舜は六 十にして即位し、 本朝清寧天皇は四十二にして御 即位有。 しかし御位につき給ふへき瑞相あらはとて、 迎の 御車を奉るに、 せはき庭に小松あり。 小松自ら 去て、 御車をとおし奉る也。 則 (副カ則カ)、 小松の御門と申。 ○せり川、 嵯峨にあり。 ○さることにけなくは、 にあはぬ也。 鷹飼。 ○すりかりきぬは。 (下可有か) おきなさひ人なとかめそかり衣けふはかりとそたつも鳴成〈ル〉 ○おきなさひ、 衰サヒ。 一代一度の邂逅カイカウ タマサカの行幸なれは 満足してか様に出立を、 人なとかめそけふはかり こそたかカゝカひヒをもすへけれと云也。 おきなさびは閑〈ノ〉 字也。 宿の字とも。 宿サビ鴾ツキ毛ケと書也。 おほやけの御けしきあしかりけり。 をのかよはひをおもひ