「講演会」を開催しました
日本の古代都市と複都制−聖武天皇が造った都−
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日本の古代都市と複都制−聖武天皇が造った都−という演題で、お話を聴きました。
中国古代の隋唐は、複都制よって国家を運営していたので、天武天皇は唐を模し天武12年
(683)に飛鳥京に加えて難波宮・京を造営したが、完成直後の朱鳥元年(686)に全焼した。
曾孫の聖武天皇は、天武天皇の複都制にならい難波宮・京の復興を計画し、この造営を遣唐
使の経験をもつ藤原宇合に任命した。難波宮が完成した天平5年(733)、従四位上の多治比広成
を大使として遣唐使を派遣した。広成らは4月に出航後8月には蘇州に着き、長安城での朝賀に合
わせようとした。しかし、唐では前年に大飢饉が起こったことにより、玄宗皇帝は朝賀を廃し、洛陽
城へ出立したため、広成らは洛陽城で玄宗皇帝に謁見して帰国した。
天平7年(735)3月10日、広成は聖武天皇に節刀を返上し、唐が長安城・洛陽城と太原府による
三都制を採用していたことを奏上した。そこで聖武天皇は、日本も洛陽城を模した都城を加えるこ
とを構想し、木津川が貫流する恭仁宮・京を造営し三都制とした。しかも紫香楽宮の近くに竜門の
廬舎那仏を模して大仏を造立したが、美濃で起こった大地震の影響で、聖武天皇は平城宮・京へ
還り、三都制の構想は挫折した。
その後、桓武天皇は難波宮の大極殿院、朝堂院と平城宮の建物の一部を長岡宮・京に運び、
複都制を廃止した。
佐保会館には、近畿各地から95名の方々がご参加くださいました。アンケートには、この貴重
な建物での文化講座やイベントをもっと企画してほしいというご要望をたくさん頂きました。
講 師 小笠原好彦 氏 (滋賀大学名誉教授)
日 時 6月27日(土曜日) 13時30分〜15時00分
場 所 佐保会館2階大ホール
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