第17回佐保塾 史跡めぐり(佐保会兵庫支部共催)
『日本三古湯 有馬温泉の歴史散策ー泉源と紅葉を訪ねてー』を開催しました。
今回の佐保塾は京都や大阪、奈良からの佐保会員7名を含む45名が、紅葉が美しい有馬温泉の泉源と
史跡をめぐりました。
有馬温泉は神戸市にありながら山深く、六甲山地北側の山峡にある温泉で、古く奈良時代から名湯として知られています。
温泉は海水よりも塩分濃度が高く、泉質は塩分と鉄分を含む褐色の含鉄塩化物泉とラジウムを含む放射能泉、
炭酸を含む炭酸水素塩泉の3種類があります。いずれも湧出口では透明ですが、空気に触れ着色する含鉄塩化物泉
(赤湯)は「金泉」と呼ばれ、それ以外の透明な湯は「銀泉」と呼ばれています。
泉源の多くは金泉で、外傷や皮膚疾患に効果があり、昔は療養目的の温泉でした。
有馬は昔から地震や洪水に何度も見舞われ、その都度復興を繰り返してきました。「行基上人」、「仁西上人」、
「豊臣秀吉」は有馬温泉の復興と発展に寄与した三恩人といわれています。東大寺・大仏の造立に尽力した行基上人は
衰退していた有馬を再興し、温泉寺等を建立。仁西上人は平安時代に洪水で荒廃した有馬を再興。
豊臣秀吉は戦火などで荒廃した有馬の再興のため、手厚い保護と援助を行いました。現在は近代的な大型の観光ホテルが
立ち並んでいますが、街中へ入ると古い家並みが残されており、あちこちに泉源や史跡が点在しています。
散策はボランティアガイドのもと、ねね橋からスタートしました。善福寺から昔ながらの格子戸が並ぶ湯本坂を上り、
本温泉として親しまれている金泉の外湯「金の湯」。金泉が噴出する御所泉源。泉源は塩分と鉄分の影響で井戸の
廻りが変色しています。行基上人が薬師堂を創建した温泉寺。途中、○○坊という名の旅館をよく目にします。
これは仁西上人が薬師如来を守護する12神将にちなんで12の宿坊を開き、旅人や病人を収容したことに由来するそうです。
続いて阪神淡路大震災で庫裏が被災した極楽寺。庫裏建替えの折に400年ぶりに発見された秀吉の湯山御殿遺構
(岩風呂・蒸し風呂)を保存する資料館、太閤の湯殿館。当時の温泉は、今で言うサウナで、蒸気を小屋の中に引いて
温まっていたそうです。また温泉での滞在は20日間に及ぶほど長く、秀吉は有馬に別荘もつくっていました。
別荘の石積みが今でも残っています。戦で疲れた心身を癒すと同時に、茶会を催すなど有力武将の接待にも
使用していたようです。ねねの別邸跡と伝えられ、樹齢280年余の沙羅双樹(ナツツバキ)がある念仏寺。
湯殿館の裏側にある極楽泉源。住宅のすぐ隣に泉源があることに驚きました。「金の湯」と共に気軽に
楽しめる銀泉の外湯「銀の湯」。最後に天神社の境内から湯けむりが立ち上がる天神泉源を見学。
また、有馬特産の竹を使った有馬籠や有馬人形筆を製作している店も訪ねました。
2時間ほどの散策を通じて、有馬温泉がいつの時代にも人々に愛されてきた「癒しの場」であるということが
再認識できました。
(共催 一般社団法人 佐保会・佐保会兵庫県支部)