2011年3月
このページをご覧のみなさまへ
あまづらは、残念ながら自分で作らないと手に入りません。このページをご覧になった方で、よーし私も、と思う方もあることでしょう(おいしいですよぉぉぉ)。そこで、作業の注意点やコツも交えて、再現実験の様子をご紹介しましょう。
奈良女子大学大学院の国際社会文化学専攻では、「文化史総合演習」と「Web情報実習」という特別科目※を開講し、歴史系の大学院生の研究と実践的活動を進めてきました。平成22年度は、和菓子の歴史を中心に研究活動を行ってきましたが、その中で特にあまづら(甘葛)という甘味料に着目しました。
※「女性の高度な職業能力を開発する実践的教育」(組織的な大学院教育改革推進プログラム)の一環として開講
あまづらは、平安時代までは高貴な甘味料として、文献史料にもしばしば出てきますが、砂糖が普及するにつれて次第に忘れ去られ、何からどのように作られたのか、どんな味なのかもわからなくなってしまいました。しかし二十数年前、北九州市で漢方薬店を営む石橋顕氏が、長年の研究の結果ついに復元に成功し、詳細な報告書※を刊行されました。
※石橋顕著『幻の甘味料 甘葛煎研究(報告その1)』小倉薬草研究会あまずら調査部会発行 1988年11月(非売品)
この報告書から、あまづらが普通に生えているツタの樹液(「みせん」といいます)を煮詰めて作られること、人手がたくさん必要だが特別な技術や設備は要らないことがわかりました。ツタなら学内に太いのがいっぱい生えてるぞ。人手は集めればなんとかなるぞ。というわけで、上記の科目に参加した学生を中心に、教員有志も手伝って、石橋顕氏のご指導を仰ぎながら、学内であまづらの再現をしてみることにしました。
石橋顕氏(左)とあまづら再現チーム一同(右)
石橋さんの報告書を参考に、質問などにも答えていただきながら、2010年12月に2回の予備実験を行いました。学内に生えているツタの分布も調べ、もちろん大学の採集許可も得ました。
1回めは12月2日。写真のように細めのツタを使って、樹液が出るかどうかやってみました。ツタの茎に息を吹き込んで出てくる無色透明な「みせん」が、舐めてみるとほのかに甘いことに感激。ちなみに「みせん」の糖度は5.6程度でした。
2回めは12月23日。少し太めのツタを採り、自転車のタイヤチューブも使って、できるだけ多くの樹液を集める練習です。20〜30ミリリットルほどの「みせん」を集め(糖度10程度)、煮詰めてみました。量はわずかになってしまいましたが、糖度は60を越えて、これならりっぱに甘味料です。これはいけるぞ。ただ、ともかく量を集めなきゃ!
予備実験 ツタを切り出す
2011年1月12日。授業の成果発表会を行い、石橋顕氏の講演を聞く。学生だけでなく、奈良県の農業試験場の方、食文化研究家や和菓子会社の方など、学外の方もご来聴いただきました。翌日の公開実験の段取りも確認して、大いに盛り上がりました。
学生の研究発表(左)と石橋顕氏の講演(右)
2011年1月13日。大学のラウンジをお借りして、いよいよ公開実験です。前日から続けて参加した方に加えて、当日参加の方、随時飛び入りの学内教員も含めて30人あまりが集まりました。新聞記者やテレビの取材クルーも来て、さあたいへん。でもみなさん楽しんで、よく働きましたよ。
公開実験の段取り(左)と当日の様子(右)
早朝から一日中ご指導いただいた石橋さんをはじめ、ご参加いただいたみなさまに心から感謝します。ありがとうございました!
野外作業
軍手、ロープ、なた、園芸用ノコギリ、園芸ハサミ、ナイフ、
ビニール袋、ひも(または太い輪ゴム)、はしご(または脚立)
屋内作業
ブルーシート(新聞紙でも可)、大きなゴミ袋
ノコギリ、園芸ハサミ、大きめのナイフ、固いブラシ
セロテープかガムテープ、自転車のタイヤチューブ、自転車用ポンプ、バケツなど大きめの容器、漉し布(さらしなど)
鍋、コンロ(できればIHヒーター)、スプーン、キッチンタオル、蓋つきガラス瓶
準備するもの 左:道具類 中:糖度計 右:自転車チューブ
まず切り取るツタを選びます。大きな葉の先が三つに分かれて秋に紅葉する、普通のツタでよいのです。常緑のキヅタからは「みせん」が取れません。紅葉する頃、葉が落ちないうちに見ておきましょう。
やはり葉がよく茂って元気なツタがよいです。ただし「みせん」を取るには、太い茎が木の幹に沿ってまっすぐ上に伸びて、枝分かれの少ないものが適当です。茎から左右に「気根」を伸ばして、木の幹にしがみついています。壁に這っているツタは、残念ながら細かく枝分かれしすぎていて、難しいかもしれません。
大木にからむツタ(左)と紅葉したツタ(右)
ツタの樹液は、落葉した後、寒くなるにつれて糖度を増していきます。一番寒い時期、1月から2月の初めくらいが糖度のピークです。あまづらは寒い時しか作れないと覚えておきましょう。
今回の実験でも、12月の初旬に糖度5.6、12月下旬に糖度10.4、1月の公開実験で糖度20を越えるサンプルがありました。糖度10を越えれば、果物なみの甘さです。石橋さんによれば、糖度20超は新記録とか。えらいぞ奈良女のツタ!
ところで、奈良女のキャンパスにはよく鹿が来て草を食べています。ツタの芯のところに甘い汁があるなら、鹿がかじってしまいそうですが、なぜか見向きもしません。表皮の部分はよほど不味いのでしょう。それもあって、人間は苦労して「みせん」だけを上手に取り出す工夫をしてきたのですね。ちなみに鹿さんは、実験当日にも見物に(?)お越しでしたが、手伝ってくれませんでした(下の写真)。
ツタを切るには、まず下端を切り離し、木の幹からはがして、適当なところで上端を切り落とします。切り口が乾いてしまうと「みせん」が取り出しにくくなります。ツタの切り出しは作業の当日にしましょう。
下端は写真のように根元よりも少し上で切る方が、後の作業がしやすいです。太いツタでは、茎の左右に気根がびっしりとついていて、木の幹からはがすのが容易ではありません。切ったところをこじ開けるようにして木の幹から浮かせ、ロープをかけて「せーの」で豪快に引きはがします。なんだか林業のような作業ですね。
ツタの下端を切る(左) ロープで引っ張る(右)
上の方は、あまり欲張らずに、はしごや脚立で届く範囲で切り落としましょう。落ちてくるツタにも十分注意してください。安全第一!
実験当日には、木登り名人の和菓子職人さんが、ずいぶん上までするすると登ってくださいました。あれは真似できない…。
切り口からはすぐに「みせん」が滴ってきます。ビニール袋をかぶせておきましょう。
木登り名人(左)と切ってきたツタ(右)
実験当日には、20年もの(?)の太いツタを何本か切ってきました。これをさらに切り揃えていきます。寒いので屋内で。
直径4〜5センチメートル以上の太いものは、ノコギリ(あれば電気ノコギリ)で、長さ30センチメートルくらいに切り揃えます。周りについている気根などは、園芸ハサミなどを使ってていねいに取り除きます。ゴミは固いブラシなどで取って、きれいにしておきましょう。自転車のタイヤチューブがしっかりはまるように、大きめのナイフなどで、鉛筆削りの要領で先を細くしておくのがコツです。表皮に近い部分は白っぽくて柔らかく、芯の部分は茶色っぽくて堅く、水気をたっぷり含んでいます。
ノコギリで切る(左) 薪みたいになったツタ(右)
気根などを取り除く(左) 先を削る(右)
細いものは、ゴミなどを取ってから5センチメートルくらいの長さに切り揃えます。これを口にくわえて息を吹き込みますから、どちらかの端にテープを巻いて、表皮が口に直接触れないようにしておきます。ぐるぐる厳重に巻かなくても大丈夫です。
テープを巻いたツタ
さあ、ここからはチカラ仕事です。
まず「みせん」を受ける容器を準備しましょう。ポンプを使う場合は、小型のバケツの口にさらしなどの漉し布を留めておきます。息を吹き込む場合は、ボウルのような口の広い容器を使います。どうしてもゴミが入りますから、見分けやすいように白いものの方がおすすめです。
自転車のタイヤチューブを適当なところで切り、太いツタの先を削った方をはめ込みます。一度に2本ずつさばけます。空気が漏れてしまうようなら、ゴムの上から針金などで縛るとよいでしょう。ツタの太さが足りなくて、チューブがすかすかするようなら、梱包用シートのように厚みと弾力のあるものを巻きつけて調節してください。
ポンプをつないだら、せっせと空気を送ります。「みせん」がどばっと出てきますが、そう長く続いて出るわけではありません。泡しか出てこなくなったらおしまいにしましょう。けっこう息が切れますが、奈良女の元気な1回生が頑張ってくれました。さすがにお若い。
自転車ポンプを押す(左) 泡が出てきたら終了(右)
がんばるポンプ隊
息が切れるのはこちらも同様。細いツタのテープを巻いた側をくわえて、ぷーっと息を吹き込みます。それほどチカラいっぱい吹かなくても大丈夫。無理をすると目が回ってしまいます。1本が長さ5センチメートルほどですから、ぽとぽと数滴出てくれば限度です。先から泡しか出なくなったら終了。交代で根気よく続けていけば、何十ミリリットルか溜まります。昔の人は偉かったというか、気が長かったというか、ともかく苦労を実感。
ご注意
ツタの切り口を直接舐めたり、吸い込んだりしてはいけません!
表皮の成分が口に入ると、口の粘膜を傷める恐れがあります。試しに「みせん」を舐めてみる時にも、必ず息を吹いて出てきた透明な液体だけを、指などにつけて口に入れてください。
息を吹き込む
「みせん」を集める(左) お片付け(右)
いよいよ「あまづら」作りです。
みんなで集めた「みせん」は、460ミリリットルありました。当初200〜300ミリリットルを目標にしていましたから、上々の成果です。たったそれだけ?そう、だから古代から貴重品だったんです。
「みせん」の計量(左) わくわく見守る(右)
これを適当な鍋で煮詰めていきます。火加減も適当でかまいません。「みせん」はほぼ無色透明ですが、沸騰すると淡い飴色に変わっていきます。茶色っぽいアクが浮いてきたらていねいに取りましょう。
煮詰めるうちに、だんだんとろりとして、香ばしい香りもしてきます。箸やスプーンで持ち上げて、下まで糸を引くようになったら完成です。量としては約5分の1。糖度75。あまづらの再現成功です!
ご注意
煮詰めすぎると、結晶ができてざらざらしてしまいます。その場合は水を足してゆるめれば大丈夫です。なめらかで透明なあまづらに仕上げましょう。
アクを取る(左) 香りはどうかな(右)
とろとろになった(左) 糖度75で完成!(右)
各自割り箸1本持って、あまづらを賞味してみました。それぞれ感想を述べましたが、んーなんとも上品。さらりと甘く、後味すっきり雑味なし。砂糖とも違い、ハチミツやメープルシロップとも違い、これが幻の味か…。参加者一同、大満足でした。
あまづらは、冷えるにつれて固まってしまいます。湯煎にかければ元に戻ります。「みせん」はあまり日持ちしませんが、煮詰めたあまづらは、夏を越しても大丈夫とのことです。平安時代に遠くから都に献上されたものですから、日持ちしないと困りますね。今回作ったあまづらは、化学的分析などのために、大事に保存することにしました。
学生再現チームの主要メンバー3人は、仕事そっちのけで手伝ってくれたTVディレクターさんに連れられて、小分けしたあまづらを大阪のテレビ局まで見せに行きました。天気予報の「季節ネタ」として放送され、忙しい編集室も見学させてもらったそうです(留守番たちは、鍋肌に残ったあまづらを飴湯にして飲んでしまいました)。さらに翌日から新聞2紙の奈良版に写真入りで紹介していただきました。見よ。スイーツは偉大なり。
あまづらの甘さは、他の甘味料とどう違うのでしょうか。奈良女・生活環境学部の菊崎泰枝(きくざき・ひろえ)先生に、「みせん」とあまづらの糖類の成分分析をお願いしました。その結果、次の3つのことがわかりました。
精密な機器による計測で、「みせん」の糖度は17パーセント、あまづらの糖度は68.7パーセントでした。再現実験中に計った数値と大きな差はありません。簡便な糖度計でも十分に役立ちますね。
あまづらに含まれる主要な糖類は、フルクトース(果糖)、グルコース(ブドウ糖)、シュークロース(しょ糖)の3種類。これが1:1:3の割合で含まれていることがわかりました。
糖類の種類と割合に関する限り、「みせん」とあまづらに違いはありませんでした。煮詰めた結果、新たな成分ができたり、失われたりはしていないようです。
詳細な報告書はこちら(別ウィンドウ) → 甘葛汁および甘葛煎に含まれる糖類の分析(PDF)
今回の分析では、あまづらに含まれる糖類だけを分析していただきました。あまづらに含まれる糖類は、他の甘味料、たとえば砂糖(主にしょ糖)やハチミツ(主に果糖とブドウ糖)、メープルシロップ(主にしょ糖と果糖)と異なっており、甘み自体にも違いがあるようです。
しかし人間の味覚は鋭敏です。他にも多くの微量な成分があって、味わいに影響している可能性もあります。あまづらは古い時代の産物。言ってみれば人件費がタダ同然だった時代に、過大なほどの労力を費やして作られたものです。そうまでして作られ続けたものには、まだまだ解き明かされない秘密がありそうです。スイーツは奥が深い。もっともっと知りたいですね。