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研究の背景と特色 |
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女性ホルモンは生殖以外に様々な生理作用を持っている。平均寿命が延び、女性は閉経後の人生が極めて長くなっている。女性の健康の維持増進には、女性ホルモンの生理的な機能を明らかにすることは極めて重要である。本研究室では、女性ホルモンであるエストロゲンのエネルギーバランス調節、体液・循環調節に関して環境・行動生理学的な立場から以下のような研究を行なっている。動物実験では、エストロゲンがどのように摂取行動を含む行動や環境に対する応答に影響を与えるのかを行動学/生理学的に明らかにするとともに、免疫組織化学的手法や生化学的手法を用いて、そのメカニズムの解明を行なっている。また、ヒトでの実験では、骨格筋血流調節の男女差や浮腫形成に及ぼす性周期の影響について生理学的な手法を用いて研究している。
運動のパフォーマンスを向上させたり、熱中症予防や生体へのストレスを軽減させることを目的としたスポーツドリンクの開発の為の研究も行なっている。 |
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1)女性ホルモンであるエストロゲンが摂食調節に及ぼす影響とその脳内メカニズムの解明 |
肥満の発生率には性差がみられ、若年女性では男性よりも低い。しかし、女性では肥満の発生率は閉経後に急増する。この事実は、性ホルモンが体重コントロールに重要な働きをしていることを示す。体重は、エネルギー摂取と消費のバランスで決定されるので、肥満の発生率の性差、閉経後女性の肥満発生率増加のメカニズムの一つとして、摂食量の増加が考えられる。エストロゲンが摂食を抑制することは良く知られているがそのメカニズムについては不明な点が多い。そこで、まずエストロゲンの摂食抑制のメカニズムについてラットを用いた実験を行い、以下の点を明らかにしてきている。
我々はエストロゲンによる摂食抑作用は主に非活動期である明期に顕著に現れ、活動期である暗期には摂食抑制作用は小さいこと、エストロゲンが日内リズムの中枢である視交叉上核の活動に明期にのみ影響を及ぼし、明期の活動を亢進させることを明らかにして来た。短期の摂食行動調節は主に血糖値の変化に対応して行なわれている。そこで、エストロゲンによる明期の摂食行動の抑制は、エストロゲンが明期に糖利用低下に対する摂食行動亢進を抑制しているのではないかと考え、これを検証する実験を卵巣摘出ラットを用いて行なった。その結果、エストロゲンはインスリン投与による血糖値の低下や2-deoxy-D-glucose投与による糖利用低下時による摂食行動亢進を明期にのみ抑制することが明らかになった。更に、エストロゲンは、視床下部外側野のオレキシンニューロンや弓状核ニューロンの活動亢進を抑制した。以上より、エストロゲンは明期に糖利用低下に対するオレキシンニューロン、弓状核ニューロンの活動亢進を抑制することにより、摂食抑制をしていることが示唆された。 |
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2)エストロゲンが摂食の日内リズムに及ぼす影響とそのメカニズムの解明 |
エストロゲンの摂食抑制作用が明期に特異的にみられ、視交叉上核ニューロン活動がエストロゲンにより明期に特異的に亢進することから、我々は、エストロゲンの作用は光の影響を受けるのではないかと考え、エストロゲンの視交叉上核神経活動および摂食行動に対する作用に及ぼす光環境変化の影響を検討した。ラットを通常明暗サイクルで飼育した後、明期に光照射をせず暗環境で飼育し、その際の摂食行動、視交叉上核神経活動の変化に及ぼすエストロゲンに影響を検討した。卵巣摘出エストロゲン補充ラットでは、光環境の影響を大きく受け、明期に光を照射しないと視交叉上核の神経活動が抑制され、摂食量が増加した。一方、エストロゲン欠乏ラットでは光環境の影響はほとんど見られなかった。従って、エストロゲンの明期に摂食量抑制には、光の影響があることが示された。
以上、女性ホルモンであるエストロゲンが、光の影響を受けて摂食量を抑制することが明らかになった。この結果は、閉経後女性の生活パターンのあり方に示唆を与える研究であり、更に詳細なメカニズムを明らかにする為に研究を継続していく予定である。 |
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3)女性ホルモンが骨格筋血流調節や浮腫形成に及ぼす影響 |
女性は、男性に比べて血管内皮機能が良いと言われている。我々はこれまでに、男性に比べて女性では、特に排卵期に血管内皮機能が良く、更に運動開始後の血流増加の反応が速いことを明らかにしてきた。従って、運動時の骨格筋血流調節には性差、性周期の影響があり、男女差、性周期の影響には血管内皮機能が関係している可能性が示された。
さらに、骨格筋血流調節の性差のメカニズムを明らかにする為に、組織酸素ヘモグロビン/ミオグロビン酸素飽和度と血流との関連の性差について検討した。
その結果、女性は酸素分圧の低下がわずかでも血流量の増加が大きいこと、女性は男性とは異なり血圧をほとんど上昇させずに血管拡張により血流量を増加させることが明らかになった。またこの男女差は、運動時により顕著になった。また、運動時には安静時とは異なる要因が血流調節に関与していることも明らかになった。以上より、運動時の骨格筋血流調節に男女差があることが明らかになった。
また、女性の性周期に伴う浮腫形成や下肢への血液貯留についても検討を加えた。女性では、卵胞期に比べて黄体期に毛細血管の水透過性が上昇し、静脈のコンプライアンス(柔らかさ)が大きくなることが明らかになった。即ち、黄体期には、下肢に血液が貯留しやすく、しかも浮腫みやすいことが明らかになった。 |
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4)運動パフォーマンス向上させ、身体ストレスを低減させるスポーツドリンクの開発 |
暑熱環境下での運動は、発汗による温熱脱水を招く。暑熱や運動はストレス状態を起こす作因、すなわちストレッサーの一つであると言われ、ストレスが持続的に長期間あるいは短期間生体に加わると、生体に疲労をもたらすといわれている。そこで、我々は、水分補給による脱水の予防が生体に対するストレスを軽減することにより全身の疲労感、集中力の低下、覚醒レベルの低下を軽減し、その結果パフォーマンスの低下の抑制ができるのではないかという仮説を立て、水分補給による脱水の予防が運動による身体・精神活動のパフォーマンスに与える影響を特にストレスとの関連から検討した。飲水により体液量や血漿量の抑制をした結果、心拍数増加の抑制が見られた。また、水分補給による脱水の予防は各種ストレスホルモン濃度の上昇を抑制した。これらの結果は、水分摂取がHPA軸と交感神経系の活動を抑制し、運動中の生体に対するストレスを軽減することを示す。また、疲労感の上昇、気分の程度の低下を水分摂取により抑制することが示された。更に、水分摂取は瞬間的なパフォーマンスには影響を与えなかったが、比較的連続した長いタスクでの身体・精神活動のパフォーマンスには影響を与えた。今回の実験結果から水分摂取による脱水予防が生体へのストレスを軽減し疲労感、気分、比較的連続した長いタスクでの身体精神活動のパフォーマンスを改善する可能性が示された。
次に、暑熱環境下での運動時の水分補給が、運動による生体ストレス及び血管内皮機能に及ぼす影響を検討した。反応性充血時の血流量は運動直後において、脱水条件に比べ、飲水条件で有意に増加し、血管径は回復50分において、脱水条件に比べ、飲水条件で有意に反応性充血時の血管拡張が大きくなった。血管収縮因子であるアンギオテンシンU濃度は運動後に、脱水条件に比べ、飲水条件で有意に低下した。また、酸化ストレスの指標となる血漿カルボニル化蛋白質濃度は、回復50分において脱水条件に比べ飲水条件で有意に低下した。以上の結果より、水分補給は、血管収縮およびNO産生抑制因子であるアンギオテンシンUの生成抑制、血管内皮機能に損傷を与える可能性のある酸化ストレスの抑制、運動によるストレスの抑制を促し、血管内皮機能を亢進する可能性が考えられた。
以上の結果は、暑熱環境での水分補給が生体に対する過度なストレスを緩和することを示すもので、運動時の水分摂取の必要性の科学的根拠となるデータである。 |
主な著書 |
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体温II 体温調節システムとその適応 [→Amazon.co.jp]
鷹股 亮 (2010)
体温調節システムと浸透圧調節
編集:井上芳光、近藤徳彦
ナップ |
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運動生理学のニューエビデンス [→Amazon.co.jp]
鷹股 亮 (2010)
運動時の体液と体液調節
編集:宮村実晴
真興交易(株)医書出版部 |
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からだと温度の事典 [→Amazon.co.jp]
鷹股 亮 (2010)
脱水時の体温調節、運動時の体液調節
監修:彼末一之
朝倉書店、東京. |
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人間の許容限界事典 [→Amazon.co.jp]
鷹股 亮 (2005)
14. 体液、15. 浸透圧
編集:山崎昌廣、坂本和義、関 邦博
朝倉書店、東京
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運動とホルモン [→Amazon.co.jp]
鷹股 亮 (2001)
体液調節と液性因子
編集:井澤鉄也
ナップ |
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Perspective in Exercise Science and Sports
MedicineVolume 6, Exercise, Heat and Thermoregulation
Nadel ER, Mack GW, Takamata A. (1993)
Thirst, Exercise and Thermoregulation: Interrelationships.
Eds: Gisolfi CV, Lamb DR, and Nadel ER.
Benchmark Press, Carmel, IN, USA.
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研究論文 |
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Chronic oestrogen replacement in ovariectomized rats
attenuates food intake and augments c-Fos expression in the
suprachiasmatic nucleus specifically during the light phase.
Takamata A, Torii K, Miyake K, Morimoto K.
Brit J Nutr. 2011. |
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Mn-bicine: A low affinity chelate for manganese ion enhanced
MRI.
Seo Y, Satoh K, Watanabe K, Morita H, Takamata A, Ogino T,
Murakami M.
Magn Reson Med. 2011. |
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Involvement of central angiotensin II type 1 receptors
in LPS-induced systemic vasopressin release and blood pressure
regulation in rats.
Shimizu F, Kasai T, Takamata A.
J Appl Physiol. 2009. |
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臨床スポーツ医学 臨時増刊号 スポーツ栄養・食事ガイド(総説)
女性.鷹股亮 2009. |
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担当科目 |
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学部 |
大学院(博士前期) |
大学院(博士後期) |
【専門科目】
環境適応学
栄養生理学
栄養学実験
生活健康学概論
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環境生理論
環境生理論演習 |
環境適応生理学
環境適応生理学演習 |
【全学共通科目】
生体機能と性差 |
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