触れることで、バーチャルは「そこにある」存在になる
―触覚と温度感覚で、人と人、人と動物をつなぐ―

佐藤 克成

工学部 工学科 准教授

―― 先生の研究内容について、分かりやすく教えてください。
 私の研究分野は、大きくいえば、バーチャルリアリティ(VR)です。VRとは、コンピューター技術を使って、電子世界の環境を、あたかも現実であるかのように体験できるようにする技術です。現在のVRでは、映像や音を通して、実際にその場にいるような体験ができるようになっています。私はその中でも、物に触れたときの硬さや振動、温かさ、冷たさといった「触覚」を再現する研究に取り組んでいます。
 例えば、現在のネットショッピングでは、商品の写真や説明を見て購入するかどうかを判断します。そこに触覚技術が加わり、商品の手触りや柔らかさ、温度なども体験できるようになれば、より多くの情報をもとに商品を選べるようになります。このように、離れた場所にある物に触れた感覚を伝える技術の実現を目指しています。

―― 触覚の研究に取り組むようになったきっかけを教えてください。
 学部生のとき、所属する研究室を選ぶために、研究室を見学しました。見学した研究室の技術の一つで、画面に表示された靴の3DCGモデルに、特殊な装置を使って触れることができるシステムを体験しました。
 ペン型の装置を手に持って動かすと、画面の中のカーソルも動きます。そのカーソルが靴のCGモデルにぶつかると、靴の形や硬さが手元に伝わってくるという仕組みです。
 もともとテレビゲームがとても好きだったこともあり、画面の中にある物に触れられるという体験が、とても新鮮で面白く感じられました。それがきっかけで、触覚の研究をしてみようと思いました。
 研究を始めてから、触覚は、物の硬さを確かめたり道具を操作したりするためだけでなく、人と人、人と動物の触れ合いを通じたコミュニケーションにも重要な役割を果たすと考えるようになりました。そうした触れ合いを再現するうえでは、硬さや振動だけでなく、温度も重要です。そこで、温かさや冷たさを伝える研究にも取り組むようになりました。

「温もり」を伝える装置
遠隔コミュニケーションなどを目的に、映像や音声と一緒に記録された温度や振動などの触感を手元で再現

―― 見ることや聞くことに加えて、触れる感覚を再現できるようになると、どのような可能性が広がるのでしょうか。
 映像や音をどれほどリアルに再現しても、それだけでは、どこか別の世界のものであり、私たちが暮らす現実世界のものとは違うという印象が残ります。それは、実体がないからだと思います。
 逆にいえば、触れることができれば、その物がそこに存在しているという感覚が生まれます。これまで現実とは別の世界にあるように感じられていたバーチャルな存在を、現実のものに近い感覚で捉え、扱えるようになる点に、触覚技術の大きな可能性があります。
 研究室では、バーチャル空間にいる動物と触れ合う研究にも取り組んでいます。画面の中に動物が映っているだけでなく、撫でたときの感触や温もりまで伝われば、より身近な存在として感じられるようになります。
 実際の動物と触れ合うことで、安心感を得たり、心が癒やされたりすることがあります。将来的には、そうした心理的な効果も、バーチャルな動物との触れ合いを通して得られるようになるかもしれません。

―― 視覚や聴覚に比べて、触覚を再現することには、どのような難しさがありますか。
 視覚の場合、情報を記録するカメラや、再現するモニター、プロジェクターが広く普及しています。聴覚についても、マイクやスピーカーが一般的に使われています。
 一方、触覚の場合は、情報を記録し、それを再現するための装置がまだ十分に普及していません。また、視覚であれば目に光を届け、聴覚であれば耳に空気の振動を届ければよいのですが、触覚は全身で感じさせることが必要です。
 さらに、一口に触覚といっても、硬さ、柔らかさ、振動、圧力、温度、表面の質感など、さまざまな要素が含まれています。それらをすべて物理的に再現しようとすると、装置が大きく複雑になってしまいます。
 そこで私は、人間の「錯覚」を利用しています。例えば、縦、横、奥行きの三方向の振動を再現する場合でも、一方向の振動と視覚情報を組み合わせることで、三方向に振動しているように感じさせることができます。このように、人間の感覚の特性を利用することで、装置の仕組みを簡単にし、触覚を再現する難しさを乗り越えようとしています。

―― 触覚技術を社会で活用する際に、特に意識していることを教えてください。
 特に重要なのは、安全性です。研究室では、電気刺激によって月経痛を疑似体験するシステムの研究にも取り組んでいます。このシステムは痛みを伴うため、体験を希望する方だけが参加できるようにしています。また、高血圧の方などは体験できないように、健康状態に関する条件も設けています。
 条件を満たした方に、体験内容や注意事項を説明し、同意を得たうえで体験してもらいます。また、体験者が自分の好きなタイミングで体験を始め、いつでも刺激を止められる仕組みにしています。体調が悪くなった場合にも、すぐに中止することができます。
 触覚技術では、装置を身体に接触させたり、身につけたりすることがあります。本人の意思ですぐに装置を外せないような仕組みでは、事故につながるおそれもあります。視覚や聴覚の技術以上に、体験する人自身が装置を制御できることや、安全に使用できる設計が大切だと考えています。

大阪ヒートクール株式会社で再開発され、企業研修に活用されている装置「Perionoid」

―― 研究や学生指導に取り組む中で、やりがいを感じるのはどのようなときですか。
 研究については、自分でさまざまなことを考えて作った装置が、思ったとおりに機能したときは、やはりうれしいです。
 研究室では、研究機材を商業施設などに持ち込み、一般の方に体験してもらう「オープンラボ」という活動も行っています。体験した方から反応や意見をいただき、自分たちが作ったものを一般の方にも面白いと感じてもらえたときに、やりがいを感じます。
 学生と研究を進める中で、学生から「こうしたらよいのではないか」という、自分にはなかったアイデアが出てくることもあります。その提案を実際に試し、研究として形になったときもうれしいですね。先ほど述べた月経痛体験システムも、もともとは学生の発案です。

「温もり」を伝える装置の展示風景(みんなの脳世界)

――  研究を進める中で、特に苦労するのはどのようなことですか。
 研究は、うまくいかないことの方が圧倒的に多いです。絶対にうまくいくだろうと思って実験しても、期待したような結果が得られないことがよくあります。
 ただ、うまくいかなかったという結果も、大切な知見の一つです。なぜ想定どおりの結果にならなかったのかを考え、改善を重ねることで、少しずつ研究を前に進めていきます。研究は、そうした試行錯誤の積み重ねだと思います。

―― 今後の研究の展望や目標について教えてください。
 今後は、物に触れたときの硬さや温度を再現するだけでなく、人と人、人と動物が触れ合うことによって得られる安心感や心地よさまで伝えられるようなコミュニケーションシステムをつくりたいと考えています。
 家族や親しい人、ペットなどに会いたくても、遠く離れていて会えないことがあります。テレビ電話を使えば、相手の姿を見たり、声を聞いたりすることはできますが、触れ合っている感覚までは共有できません。
 離れた相手との間で、触れ合う感覚や、そこから生まれる安心感まで共有できるようになれば、相手をより身近に感じられるのではないかと思っています。

―― 最後に、本学の学生や、工学・研究に関心のある高校生に向けて、メッセージをお願いします。
 工学部は、「もっとこんなものがあればいいのに」という思いを、実現できる学部だと思っています。
 少し変わった言い方になりますが、まずは世の中や身の回りにある不満や不便を見つけてほしいと思います。個人が感じている小さな不便から大きな社会課題まで、さまざまなものがあるはずです。その中で、「ここを何とか解決したい」と思えるものが見つかれば、それが、自分で学びを深め、研究し、課題を解決していく原動力になります。身の回りの不満や不便を見つけ、それを改善し、より良い社会や世界をつくろうと考えることが、結果として世の中をより良くすることにもつながっていくのではないかと思います。



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