文学部 言語文化学科 准教授
―― 先生のご専門と、現在取り組まれているご研究の内容について教えてください。
中世文学を専門としており、最近は主に『宇治拾遺物語』や『今昔物語集』などといった、説話文学とよばれる作品を研究しています。ただ、私自身、研究の主題として扱っている作品群を「中世文学」と一般化して捉えたことがあまりありません。目の前にある作品を読んでみて、その時々で疑問に思った事柄や、気になったことについてまず調べてみる。そうすると面白い発見があるので、考察を加えて論文として発表してきました。
奈良女子大学所蔵 万治二年刊本『宇治拾遺物語』
左:表紙 右:序
―― 現在のご研究に取り組まれるようになったきっかけや経緯などはありますか。
明確な方向性があったわけではなく、昔から歴史にも文学にも関心があったので、どちらの分野にも重なるものであり、その時々で関心のあるテーマについて研究してきた結果、現在に至ります。特に、『宇治拾遺物語』は学生時代から好んで読んでいましたし、大学1年生のとき初めて買った古典文学の本も『宇治拾遺物語』でした。
―― 先生がご研究を進められていく過程について、詳しく教えてください。
私の研究は、最初から論を立ててかかるのではなく、まず作品を読み込むことから始まります。読んでいるなかで関心を抱いたり、疑問に感じたりしたあることばに目をつけ、成立した時代やジャンルに類似性をもつ他の文献から、そのことばの用例を探します。これは、関係があると思しき文献を自力で大量に参照していくという、非常に労力の要る作業です。しかし、これを繰り返して得た発見を並べてみると、それぞれにつながりが生まれ、おのずから新たな論が立ち上がってくる。たった一語というのは、長い作品においては些末なもののように思われますが、時に、作品全体のもつ意味づけや性格を変えうるような、それまでとは異なる見方を提示できる可能性のあることばに出会うことがあります。そこに研究のおもしろさを感じています。
―― 他の時代区分と比較して、中世文学にはどのような特色があるのでしょうか。
中世は、それ以前の諸作品が私たちの想像する「古典文学」として初めて位置づけられた時代であるといえます。藤原定家などは、和歌を詠むためにそれ以前の『源氏物語』や『古今和歌集』などを参考資料としました。定家がいなければ、『大和物語』や『更級日記』、『土佐日記』といった、和歌と散文の組み合わせによって描かれた作品の多くは現代にあまり残らなかったかもしれません。こういった作品は文脈を知りつつ和歌を学習できることから、和歌の詠み方を学ぶテキストとして定家が新たに価値づけたとも考えられています。また、定家は古典籍(江戸時代までにつくられた書物のこと)に対していわば文献学的な批判の視点を取り入れはじめました。このように、一字一句を正確に書き写して後世に伝えようとし、さらに諸本を比較しながら本文を検討する。こうした、現在でいうところの「古典文学研究」、特に仮名の文学を対象とする本格的な研究が興ったのが中世であるともいえます。平安時代に生きる人々にとっては、『源氏物語』などの本はもちろん古典文学ではなく、「現代文学」です。それらを、中世文学の担い手であった人々が、いま私たちの思い浮かべる「古典文学」たらしめた。彼らが過去の作品を「古典文学」として対象化し、研究したことで、それが土壌となり以降の作品が生まれていくのです。このようなことから、上代や中古と比較しても中世という時代は特徴的な一面があるともいえるのではないでしょうか。
―― 説話文学の研究とは、どのようなものですか。
『宇治拾遺物語』などの説話文学を捉えるにあたって重要なのが、編纂者の話の配列に対する意図を考察することです。同じ説話文学である『今昔物語集』に収録された説話は、全体として極めて理路整然と並べられているという特徴があります。前半部は、仏教が天竺(インド)から中国を経て日本に伝播したということを主軸として、天竺、中国、日本と三つの国の世界観に分けて各国に伝わる仏教説話を配列しています。一方、後半部は「世俗部」ともよばれ、鬼や泥棒の話など、読んでいて楽しい説話が並べられています。また、各説話の書き出しは「今は昔」、本文の結びは「となむ語り伝えたるとや」で統一されており、連続する話同士は「二話一類」といって、連想が働いているという見方もあります。非常に丁寧に構成されているのです。一方、『宇治拾遺物語』の構成は『今昔物語集』ほど秩序だったものではありません。説話同士も連想で並べられているといわれていますが、明確なものではなく、読者が読みとっていく必要があります。このように、説話集には、「説話集」として読んだときの説話の並べ方や編集における意図、また各巻の性質など、着目すべき点が多々あるのです。このほかにも、説話文学でよく行われるのが、類似する説話の比較というものです。例えば、『宇治拾遺物語』と『今昔物語集』には「同話」とよばれる、ほぼ同じ内容の説話が複数収録されています。こういった複数の文献に収録された類話を比較し、考察します。
歴史的にみると、説話集は長い間、「文学」としては扱われてきませんでした。近代的な価値観に基づいて「文学」と見なすには、本文の内容があまりにも平易であり、類話の存在に鑑みても独自性を欠くためです。しかし特に戦後になって、人々のなかに伝承されてきたものとして徐々に「文学」の俎上にあげられるようになります。当時の人々はなぜその類似する話を集めてきて、どのような意図をもって話を並べたのかという問いに価値を見出していくのが、説話文学研究の核です。
奈良女子大学所蔵 井沢長秀考訂『考訂今昔物語』
左:表紙 右:序
―― 最後に、今後の展望などがあれば教えてください。
2025年に、初めて『宇治拾遺物語』についての論文を執筆しました。先ほども話したように『宇治拾遺物語』は学部生であったときから愛読していたので、十数年経って論文として形にできたのは個人的にとても嬉しかったです。それまでは、『愚管抄』とその作者である慈円を中心に研究してきましたが、その論文を通して、慈円が詠んだ和歌の解釈が『宇治拾遺物語』の説話の理解にもつながるということが明らかになりました。その時々で関心をもって取り組んできたテーマが、振り返ったときに繋がっていたという経験をしたのです。現在は『今昔物語集』の巻二十四を集中して読んでいるのですが、これも今までに研究してきたさまざまな話と関連する説話がいくつも収録されていることがわかってきています。今後は『今昔物語集』を主題として、結果的に自分がこれまでに研究してきたことや、明らかにしてきたことが繋がるような研究を進めていければと考えています。