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第6回「聖地学シンポジウム」報告記

令和8年 3月17日(火)13:30〜16:30、S棟228教室にて、『聖地を考える』を、テーマとして開催し、参加者38名にお集まりいただきました。本学 大学院博士後期課程 川瀬理央さんの報告記を紹介します。 

奈良女子大学大学院博士後期課程 川瀬 理央

 令和8年3月17日の聖地学シンポジウムは、「聖地を考える」というテーマで開催されました。佐藤弘夫氏(東北大学名誉教授)、村上麻佑子氏(奈良女子大学准教授)、長田明日華氏(奈良女子大学古代学・聖地学研究センター 協力研究員)がご登壇され、充実した議論がなされました。
 「聖地」は、近代以降に成立した翻訳語と考えられ、それ以前の史料には「霊地」「霊場」「霊験所」などの言葉がみられます。村上氏の分析では、11世紀から「霊地」という言葉が見られ、14世紀以降は「霊場」が多用されるとのことです。
 佐藤氏は、「山に影向する神仏 日本における聖地観の変遷」と題してご講演されました。以下、要旨です。古代、山はカミが住む場所と考えられ、7世紀以降、山に踏み入り修練してカミの力を身につけようとする行者が現れます。その後、山寺が全国に広まりますが、閉じられた学問と修行の場でした。10世紀頃より、古 代的な支配秩序の解体に伴い、開かれた参詣の場へ変貌していきます。貴族層から山寺参詣が始まり、12世紀には庶民層へ普及しました。その背景には、此岸と彼岸からなる中世的な世界観が成熟し、古代では霊験あるカミと認識された神・仏・聖人が、此岸への仲介者の役割を担うというコスモロジーの転換がみられ ます。霊地は、浄土の片鱗を思わせる「勝地」が条件とみなされました。寺院では、金堂中心の古代寺院の同心円状のコスモロジーから、本堂と奥院という二つの聖なる中心点=焦点をもつ中世寺院の楕円形のコスモロジーへの転換が進行しました。具体的な事例として、東北や熊野などの寺院が紹介されました。
 村上氏からは、「古代の建国神話からみた神の役割」と題して、神が祟り神から土地に根ざした神となる契機を探るご報告がありました。佐藤氏のご講演を受けて、7〜10世紀頃の古代的コスモロジーの成立過程を追う内容ともいえます。
 長田氏は、「平安貴族と物詣」と題して、神が土地に定着して以降、平安貴族はなぜ神仏のいる場所を訪れる「物詣」を行ったのか、仮名文学作品を資料にご報告されました。
 以上のように、「聖地」をめぐり、古代から中世にかけて見られる思想、コスモロジーの転換について、それぞれの立場から明らかにされました。神と人、土地の関わりは時代により大きく変化しますが、それらを含み込む視野の広い議論がなされました。
 そのような壮大な議論を拝聴し、神とは何か、神と結びつく土地とは何か、改めて考えさせられました。自身の関心に引き付け、日本近世近代において考えると、廃仏毀釈などを経て寺社のあり方や思想に生じた大きな変化が問題となります。しかし、それでもなお、私たちは参詣します。その土地でしか感じられない何かに触 れる経験があります。それは、古代の「聖地」と通じるものがありながらも、今回の議論を踏まえると、各時代における思想やコスモロジーの変化を経たものといえます。聖地とは何か、より時代を広げて考えることで、自身にとって新たな視点を得る機会となりました。

       

会場の様子


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