【ならじょ Today41 号掲載】
理学部 化学生物環境学科 環境科学コース
【研究テーマ】個体群動態,熱力学,数理生物学,微生物生態系,生物地球化学
―― 先生の研究内容やその魅力について教えてください。
私は生物が地球を作り環境に適応して生物がお互いに影響し合う共発展・共進化に興味があり、研究しています。生物が地球をどのように変えていくのか、そして地球が生物の増殖にどのように関わるのかについて知るためには、生物学だけでなく、化学や物理など全部の理学の知識が必要です。このような研究を分野横断型の研究といいますが、一人で様々なサイエンスの世界を渡り歩いて、俯瞰して繋いで、少しずつ生命と世界を理解していくパズルを組み立てていくことが楽しくて研究しています。
私の研究では特に微生物を対象としています。いつも授業で言っているのですが、微生物は地球の主人公です。主人公って感じがしないですよね?なぜ主人公かという理由は3つあります。まず、微生物はたくさんいるからです。地球上に存在する生物量は、炭素量で550Gt、動物は2Gtを占めるのに対し、原核生物(原核細胞という原始的な細胞を持つ微生物)だけで77Gtと推定されています※(Bar-On et al. 2018)。私たちは表層の世界しか見えていないので動物が多いと感じますが、微生物はとても多いです。しかも微生物しか生きられない場所があり、光が届かないような場所などでは微生物はスローライフを送っています。2つ目の理由として、微生物はすごく昔から地球上にいます。一番初めに誕生したタイプの生物というのが、単細胞の微生物です。生物的な機能を持つまでには色々あるのですが、エネルギー的な観点からすると、最初の生物は化学反応からエネルギーを獲得していたと考えられています。私たちも好気呼吸で酸素と有機物の化学反応からエネルギーを獲得していますが、初期の地球には酸素発生型光合成生物はおらず、酸素濃度は非常に低かったので、初期生命は違うタイプの化学反応でエネルギーを取っていました。※ Bar-On, Y.M., Phillips, R. & Milo, R. (2018). The biomass distribution on Earth. Proceedings of the National Academy of Sciences, 115, 6506‒6511.3つ目の理由として、地球上には色々な元素がありますが、多様な元素の循環に関わっているのが微生物です。例えば地球上の表層環境における窒素ガスは大気の8割くらいです。ただし窒素はたくさんあるものの、私達はその窒素ガスを吸って体に蓄えることができません。窒素を一旦アンモニア態窒素というものに変換することができる窒素固定微生物というものがいますが、その窒素固定微生物が窒素をアンモニアに還元して、そのアンモニアからまた他の形態になってという形で窒素を利用しています。一度体に蓄えられた有機態窒素をまた分解し、アンモニア態にする過程でも微生物が関わっています。アンモニア態窒素が酸化されて硝酸イオンや窒素ガスになる過程にも全部微生物が関わっているのです。このような過程から考えると微生物は地球の主役だと思います。
―― 理学部の講義内容について教えてください。また講義を通して学生に学んで欲しいポイントがあれば教えてください。
2・3回生を対象に環境リスク論という授業を行っています。色々な人間活動によって発生するヒト健康リスクや、生態系への悪影響のことを「リスク」と言います。そうしたリスクがなぜ起こるのか、リスクをどうやって計算するのか、リスクを軽減するためにどうすればいいのかということを、できる限りディスカッションを交えながら考えています。環境や政治に関する話題は、本当はもっと私たちの身近なものになっていないといけないですが、あまり話さないですよね。話すと意識高い系みたいに思われたり、そういうことを忘れて暮らしたいとか思ったり。本当はそうしたことというのは、私達がもっと真剣に、身近に感じて自分の考えを述べることができないといけないことで、そうじゃないと一握りの人たちが私たちにとって大切なことをどんどんダメにしてしまうことがある。そうしたことを学生の皆さんと一緒に考えたいと思いながら授業をしています。自分の考えを述べることができるというのは、どんな場面でも重要だと思っているので、そうした力を身につけて欲しいと思っています。
―― 先生が参加されている「『佐保川の蛍』復活プロジェクト」が面白いと思いました。このプロジェクトについて、面白い点や苦労している点などあれば教えてください。
このプロジェクトは遊佐陽一先生(奈良女子大学生物環境学部生物環境コース教授)が中心に進められており、私は水質管理などでお手伝いをしています。きっかけは、遊佐先生に佐保地区自治連合会元副会長さんから蛍を復活させたいという要望があったことです。昔は佐保川に蛍が飛び交っていたそうで、南都八景という名所の一つです。まずはS棟の裏にある池で蛍の餌生物と蛍を飼育してみようということで、池の水質改善のために学生たちと手作業で水路を掘って、太陽光パネルで水を通して水循環させて川を作りました。今年は岩谷直治記念財団から研究助成金をいただくことができたので、そのお金で水路を整備し、順に水を流したり、下からエアレーション(曝気)をして空気を送って水質浄化をしたりしようと思っています。最終的にはこの池をみんなの憩いの場にしようと考えています。
―― 今の目標を教えてください。
近い将来の目標としては、本を一冊書きたいです。大学院生のときから程度表現に関わる研究を続けてきたので、一度それをまとめてみたいと思っています。程度表現はこれからもずっと関心を持ってやっていきたいのですが、他にも興味深いテーマがあり、そちらも取り組みたいです。その前に、一旦これまでの研究をまとめないと次に進めないと思うので、本を書くことが今の目標です。
―― 現在でも理系学部では女子学生が少ないと言われています。女子大で理学部に進学することのメリットはあると思われますか?
メリットはたくさんあると思います。まず一つは日本において女性が理学を学ぶこともしくは、自立して研究したり社会に出たりという時に、男性優位社会の中で自由に発言することを妨げられることが多いですよね。妨げというのも色々あって、自分くらいの年代だと幼い頃から「男性を立てなさい」とか、「女性が前に出てはきはき喋るんじゃない」みたいな教育を受けてきました。それが色んなところで自分の気持ちを押さえつける時がありますね。それなのに今は女性がバリバリ働きなさいと言われて、ものすごくジレンマを感じることがあります。私自身は女子高の出身ですごく気楽でしたし、そういう時に理学っておもしろいと思いました。進学先の大学は共学でしたが、友達はみんなフラットな関係で人に恵まれて楽しくやっていました。しかしながら、ふと仕事や職場、公的な役職とかになると、「ああしんどいな」って感じる時があります。それは上の方に男性が多かったり、団体に女性の比率が少なかったりすることで生じる窮屈さがあるからです。そういう窮屈さを感じずにのびのびとサイエンスできる場所があるということは、すごく良いことと思いますし、そのためには奈良女の職員の女性の比率を上げて欲しいですよね。特に上位職の方で女性がたくさんいてくれるといいと思っています。 男女平等にしないといけないのになぜ女子大が存在するのかってことをよく言われますが、男女平等ではないからこそ女子大が大事だと私は思います。「あれはしちゃいけない、これはしちゃいけない」みたいなことを感じなくて済むのはすごく開放感があります。もしそういう窮屈な思いをしてきた子たちがいるのなら、そういう子たちにとって女子大というのはすごく良い選択肢だと思います。
―― 理学部生物環境学科環境科学コースを目指す学生に向けて、メッセージをお願いします。
うちの環境科学コースの売りは計算機を利用することです。必修科目の中にプログラミングが組み込まれています。計算科学を主軸にすることで何ができるか。環境を科学的に理解するためには環境を数値化したり、数値に基づいて評価をしたりする必要があります。そのためにはデータから統計量を計算したり、可視化したりすることで現象理解に役立ちます。そして、仮説を立て、数式化し、検証することで将来予測ができるようになります。そうしたところに私達は力を入れて、環境をきちんとサイエンスとして理解することができる人材を育てたいと強く思っています。そこが一つの魅力だと思いますし、今後必要なことだと思うので、興味のある方にはぜひ来ていただけたらと思います。