ヒトが生きるにはエネルギーが必要です。私たちはエネルギーを得るために食事をしますが、実は食糧だけではエネルギーは得られません。呼吸によってとりこんだ酸素と有機物である食糧とが反応し、体内の電子伝達系を動かすことで、エネルギーの源である ATP(アデノシン三リン酸)をたくさん生成することができます。
酸素や有機物がほぼない地中の微生物であっても、生きるにはエネルギーが必須。では、微生物はどうやってATPを生成するのでしょう。
ある研究によると、地中で出力できるエネルギー量は、光が届く層の0.1%に満たないと推測されています。そんな場所でエネルギーを獲得できるかどうかは、生き延びるためにも繁殖のためにも死活問題。そこで微生物は、酸素以外の物質を利用したエネルギー生成の仕組みを備えています。
微生物が地中でエネルギーを獲得する流れを示したのが、Eco-Redox network modelです。地表の動物たちの「食う・食われる」の関係によるエネルギーの流れを示した生態系ネットワークのように、地中の微生物たちの関係によるエネルギーの流れをはっきりと示したかったのです。[▶︎関連論文]
ポイントは、微生物のあらゆる化学反応のなかでも、エネルギーを獲得する反応のみに着目したこと。ここで用いたのが熱力学です。熱力学は、エネルギーの移動に関する法則を体系化した学問ですが、微生物の反応もどうやら、熱力学の説明する法則に従って制御されている。ならば、熱力学で分子の挙動を説明できるように、微生物の群集の動きもこの枠組みのなかで理解できると着想を得たのです。[▶︎関連論文]
微生物個体内や限られた微生物間の反応ではなく、微生物が集まって形成される「群集同士」の反応を記述したのも特徴です。地中のネットワークは、それぞれ異なる特徴をもつ集団同士の相互作用でつくられるとても複雑なシステムです。特定の種ではなく「群集」を扱う、生態学的な視点を取り入れたのは私たちの研究グループがはじめてのことでした。[▶︎関連論文]
地球上で最初に誕生した生命は単細胞生物。細菌はそのときの生物の面影をよく残しているはずで、微生物の理解は生命の根源的な理解につながる可能性を秘めています。さらに、炭素循環や窒素循環など、地球の物質循環の多くに地中の微生物は関係しています。微生物の影響を考慮すれば、地球環境の将来予測がもっと正確にできるようになるでしょう。
これまでの生態学は、目に見える生きものを中心に発展してきました。でも、地球上の生物を量的に測ると、植物のつぎに多いのは微生物。動物は全体の1パーセントにも満たない見積もりです。微生物の反応を精度高くモデリングできれば、すでに確立されている生態学の理論のなかに、微生物の挙動を組み込めると信じています。
私が一貫して興味をもつのは「法則」。制御といってもいいのかもしれません。地球は構造に溢れています。こんなに構造があるならば、構造をつくることを説明できる法則もあるはず。私はここに、エネルギーが関係していると睨んでいます。とはいえ、あらゆる事象を説明する体系的な法則を導くには、私一人の発想力ではとうてい太刀打ちできない。他分野の研究者も巻き込んで、いつか法則を導けたら、「研究人生、やりきった!」と思えるのでしょう。
共同研究者のサポートを得て、実際の微生物からのデータ取得もはじめています。微生物を培養して数時間おきに状態をモニタリングしてみると、理論や法則とぴったり一致する、きれいなグラフが見事に現れて、とても感激しました。逆に予測から逸脱するのも興味深い。実験結果を見るのは〈超!楽しい〉ですね。(笑)
サイエンスは、みんなで知識を共有することで発展するもの。公開には大賛成です。研究者がどんどん公開できる環境が整うことを期待しています。