「力を抜く」のはなぜ難しい?
ヒトの動きを計測し、数値データで可視化する

大高千明

工学部 専任講師

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「力を抜く」ことを意識したことはありますか?

日常生活のさまざまな場面において、全力で力を発揮したり動くことよりも、狙いをさだめて力をコントロールし、適切な力加減で身体を動かす場面は多いのではないでしょうか。

私が「力を抜く」難しさに気づいたのは、サッカーでのこと。飛んできたボールを足元でピタッと止めるトラップ動作が難しく、力をタイミングよく上手く抜くことが重要であることは分かっていながら、ボールを上手くコントロール出来ずに、もどかしく感じていた経験が研究の原点となっています。

「力を抜く」難しさは、どのようなメカニズムなのだろう。そんな問いを出発点に、「生体力学」的な指標を用いて、ヒトの動きの特性を可視化し、巧みな運動制御を大きなテーマに、研究しています。

データが示す「力を抜く」ことの難しさ

「生体力学」による研究は、さまざまな機器を用いてヒトの動作を計測することからはじまります。軸とするアプローチは2つ。

一つ目は、モーションキャプチャシステムなどをつかって、動作が「どのようになっている」のか、動きそのものを知ることです。たとえば、動作時の速度と、膝の関節角度との関連などを調べます。

もう一つは、動作がどのような力でもたらされているのか、動きの源を考えるアプローチです。動作時の筋肉の硬さを調べることや、地面にかかる力を測定できるフォースプレート上を歩いてもらうことで、どの向きにどのくらいの力がかかっているかを計測します。

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力を計測するさまざまな機器。右写真は、力の増加・減少を測る研究で使用した測定器。フォースプレート(中央)は、歩行時やランニング時などに、床面からヒトが受ける力とモーメントを計測。モーションキャプチャシステム(左)は、動きをキャプチャし、リアルタイムでデジタル化できる

「力を入れる」場面と「力を抜く」場面の特性をデータで比較してみましょう。基礎的研究では、力の増加時と減少時の筋の活動量と硬さを比較しました(図1)。グラフの実線は被験者が発揮した力の強さ、波線は被験者に提示した力の強さです。増加時の安定した実線の波形に比べて、減少時は安定していません。一度減少しすぎた後、目安に合わせて微調整しているのがわかります。「力を抜く」調節が難しい要因を、筋肉の活動量や硬さから評価し、運動制御のメカニズムに迫っています。[▶︎関連論文

図1

図1 Ohtaka et al. (2023)をもとに改変・作成

目指すは暮らしをもっと快適にするモノづくり

研究の最終ゴールは、計測した生体情報を活かしたモノづくり。例えば筋活動の情報から健康状態を可視化できるデバイスができれば、健康増進や疾患予防に役立つのではないでしょうか。「力を抜く」メカニズムの解明は、身体の緊張状態を解き、リラックス状態へ誘うようなサポート機器に繋がるかもしれません。身体の動かしやすさや力の入れやすさなど、ヒトの動きの特性に基づいた椅子や机などの製品づくりへの応用を目指します。

近年は、自治体の「健康づくり」に携わる機会も多いです。骨や関節、筋肉などに障害が出て身体能力が低下した状態を「ロコモ」といいますが、この状態は将来、介護が必要になるリスクを高めます。芦屋市と武庫川女子大学との連携で、地域住民の方に向けて「からだ測定会」を実施しました。自身の健康状態に気づくきっかけとなるような取り組みから、健康寿命の延伸に貢献したいと考えています。

生体情報の計測における密接領域

生体医工学エリアには、運動・環境生理学の視点から研究する芝﨑学先生と、認知神経科学の視点から研究する中田大貴先生がいらっしゃいます 。ヒトは脳からの指令を基に筋肉が活動し、血流循環によるエネルギー供給も不可欠です。いずれも生体力学と密接な分野です。生体医工学エリアとして協同しながら研究を進めています。

オープンアクセスへの期待

研究論文のオープンアクセス化により、異分野の視点や気づきなど、さまざまな考えが交わり、新たなアイデアやものづくりの創出につながることを期待します。

Profile

博士(学術)。奈良女子大学大学院人間文化研究科 博士後期課程修了。2022年から現職。

関連リンク

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