卒業生インタビュー

物語を愛し、人を支える
― 一人の人間として向き合う編集人生

株式会社新潮社 執行役員

中瀬 ゆかりさん(文学部卒)

中瀬ゆかり

―― 現在のお仕事内容を教えてください。
 現在は文芸事業本部の担当役員として、文庫や単行本などの出版物、文芸雑誌『新潮』と『小説新潮』などの部門、さらに翻訳書を担当しています。よりかみ砕いて言うと、新潮社で小説や文芸に関わるところは全部私が見ていることになります。仕事の幅が広くてとても大変ですが、できる限り原稿を読んで中身にもコミットできるように頑張っているところです。
 編集者は作家さんと伴走して、彼らの作品作りをお手伝いしており、編集長や部長は、作家と編集者の組み合わせなど、より作家に寄り添って良い作品を作り出す方法を考えてくれています。役員である私は、部長などの話を聞いて部内で起きていることを把握し、場面に合った判断を下しています。会社全体に関わることなど、私個人で判断ができないときには、会社と協議をしながら、よりよい作品作りを支えられるよう尽力しています。

―― 編集者の魅力ややりがいはどのようなところですか?
 0から1を生み出すお仕事をされている作家さんと一緒にお仕事ができることが、私にとって編集者の誇りであり楽しみです。
 作家の中にあるものが形となり案として立ち上がってきたときの「よし、それで行こう!」という瞬間が一番高揚するんです。作家のそばで、彼らの中にある何かを引き出して執筆を支えていく仕事は、名前や顔は残らないけれど、「あの作品を一緒に作り上げたんだ」と、自分の中の小さな誇りになります。個性あふれる作家に寄り添う伴走者でありたい。黒子には黒子の美学があるんです。
 編集者時代の高揚感を思い出すと、編集者がとてもうらやましくなります。担当役員が目を通す作品は、優秀な編集者・編集長・部長が尽力した後の文章です。私が関わることができるのは装丁や帯、タイトルなど店頭に並ぶ手前のお仕事で、作品が生まれる瞬間に立ち会う機会が今はほとんどなくなりました。それが残念です......。

―― 新潮社で長くお仕事を続けられてきた秘訣はございますか。
 運と縁とタイミング、そして相性です。入社時の新潮社の倍率はとんでもなく高くて、一人ひとりをしっかり見る時間は会社にはなかったと思います。その中でも、私と会社の相性が良くて、かつ運と縁とタイミングがばっちりとあっていたから入社できたんです。
 加えて、「好き」という気持ちが原動力になりました。物語が好き。出版物が好き。作家さんが好き。会社が好き。会社にいる人たちが好き。社長も好き。会社で働けるのは年齢的にはあと少しかもしれないけれど、最後まで添い遂げたいですね。

―― 新潮社の環境の良いところはどんなところですか?
 同僚がみんな尊敬できるところです。新潮社の社員はみんな、年齢にかかわらずものすごく本を読んでいて、いろんなことを知っています。後輩は若い人たちなりの考え方や流行を教えてくれますし、先輩社員は積み上げてきた経験や出会った作家さんのエピソードを嫌味なく話してくれます。相性が合う方が非常に多いですし、頭のいい人たちと働くのはとても楽しいです。

―― お仕事を通してたくさんの方々と関わってこられたと思います。影響を受けた考え方や出来事はありますか?
 たくさんありますが、特に、月刊誌『新潮』でお世話になった坂本忠雄編集長との出会いと、彼からいただいた言葉の数々は、私の編集人生の道しるべとなっています。中でも4つ、特に忘れられない言葉があります。
 1つ目は、坂本編集長が、文芸評論家である小林秀雄先生からお聴きした、「人は長所で過つ」という言葉です。自分が弱みだと自覚していることは、かえって慎重にやるから意外と問題ないが、失敗するときは自分が得意だと思っていることで油断して失敗するという意味です。私はこの言葉をすぐそばに置いていて、「ここ得意!」と思うことがあっても、この言葉を思い出して「あ、なめちゃいけない、慎重にやらないと」と気を引き締めています。階段を一歩一歩踏みしめることの大切さを教えてもらいました。
 2つ目は、「編集者に大事なのは、おしゃべりじゃなくて、耳だよ」というお言葉です。今でこそ聞き役もできるようになってきましたが、入社当時の私は話すことの方が断然得意でした。そんな私に、坂本編集長は「耳をよくしなさい、人の話を聴きなさい」とおっしゃいました。「作家がぽつりとこぼした一言には、とても深いテーマや、その人が本当に書くべきようなものが隠されているかもしれない。作家の一言を掬い取って、作品に導くことのできる編集者であれ」。聴く力の大切さを教えてくれたのは坂本編集長でした。
 3つ目は、「編集者は大常識人であれ」という言葉です。作家は創作をする上で、世間の枠組みを逸脱した方向に向かおうとするかもしれません。だからこそ、編集者は地に足をつけ、作家が想像の翼をどんどん広げて、新しい地平を切り開けるように、常識でもって個性を下支えする必要があるんです。常識を持ち作家を支え、周囲の物事や声に敏感になることでそれを養う。便利なAIにもできない、編集者が人であるからこそ求められる仕事だと思っています。
 そして最後の1つは、「作家を友達と混同してはいけない」ということです。私も若いころはよく、年の近い作家と仲良く飲みに行っていたのですが、そんな私に彼はこの言葉を投げかけました。「作家はどんどん活躍するステージが変わっていく。会社員である編集者と作家は、気づかないうちに距離ができてしまうものだからこそ、長続きしたいのであれば、思い出を共有する友人としてではなく、敬意をもって、一線を引いて接しなさい」。今でも私は作家を友達だとは思っていません。彼らをリスペクトするがための考え方です。

―― 今まで様々なことに挑戦されてきたと思います。「やりたいこと」を実現するために大切にされている考え方はありますか?
 やろうかなどうしようかなと迷ったときは、林真理子さんの言葉を思い出します。「やった後悔は日に日に小さくなるけど、やらなかった後悔は日に日に大きくなる」。人生一度きりです。後悔するくらいならやりたいことをやってしまおうと思うようにしています。
 今では還暦も超えて、「終活」を始める手前です。やりたいことが好きなようにできるのはあと10年くらいだと思うと、「10年なんて一瞬なんだから、今やってみよう!」と思えるんです。いつだって、「今日」より若い日なんてないですから!

note

―― 大学入学の際は、なぜ奈良女子大学を選ばれたのですか?
 姉の影響が大きかったと思います。私は和歌山県出身で、地元にも大学はありましたが、大学入学とともに家を出たいと思っていました。母には東京には行かせられないと言われましたが、姉も通っていた奈良女子大学への進学を、二人から提案されたんです。私は優秀な姉をとても尊敬して、いつも後を追いかけていましたし、その提案に賛成して奈良女子大学を受験しました。

―― 学生時代の経験から得た学びが今に生きていると感じる場面はありますか?
 たくさんありますが、一番は協調性が身についたことでしょうか。クラスメイトと勉強を教え合ったり、飲み会に参加したりしました。私は寮生活をしていましたが、当時の寮は4人で一部屋を使っていたので、帰れば「おかえりー」と迎えてもらえましたし、毎日女子会のような気分でした。ほのぼのとした雰囲気の中でゆっくり人と協調することを学ばせてもらった4年間は、今でも人と交わるときやコミュニケーションをとる中でとても役に立っていると思います。考えてみると、新潮社での人間関係も大学と似ているかもしれません。協調性があって、けれどもみんなが自立もしていて賢くて、いろんなことを教えてもらえる。大学時代も今も、「今日の私は昨日の私よりもちょっと賢い」と思いながら毎日を過ごしています。
 奈良という国宝のあふれた街を走ったり、二月堂に行ってみたり、鹿と共に暮らす街で過ごしたことも思い出です。新潮社に入社する前に人として大きく成長できました。幸せな時間でした。

―― 反対に、社会に出てから女子大とのギャップを感じたことはありますか?
 大きなギャップは感じてないです。「女性だけの空間って大変そう」と評されることもありますが、私自身が競争を求めなかったこともあり、いい思い出ばかりです。むしろ、女性とすぐになじめるという点では、女子大での生活が活きているくらいです。現代社会にはいろんなライフスタイルの方々がいます。結婚して子どもがいる人もいますし、私と同じく独身で子どものいない方もいます。それぞれにライフスタイルが違って、共通点から生じる会話が面白いんです。人それぞれというのは、楽しめることであって敵対することではないと思います。
 加えて私は、悪いことは忘れて、良い記憶だけを積み重ねることが得意なんです。いやなことよりも幸せなことを思い出して、毎日を楽しく過ごしています。

―― 良いことばかりを積み重ねる考え方は、きっかけがあるのでしょうか?
 自然にですね。人の脳は嫌なことが一定値を超えると生きるのがつらくなります。自分を執着から遠ざけることで、自分を守って生きやすくなります。
 私は、大人とは「自分で自分の機嫌をとれる人」だと思っています。自分の生活やメンタルは自分でしか治せません。自分の制御能力が高くなることが、大人になるということだと思います。今でも落ち込むことや腹が立ってしまうことはありますが、それでも感情のコントロールが上手にできるようになってきたと思います。

―― これからの社会で活躍する奈良女子大学の後輩に向けて、エールをお願いします!
 今の社会には本当にいろんなものがありますよね。「活字離れ」なんて言われていますが、それは間違いで、実際みなさんはSNSやニュースサイトなどを通してめちゃめちゃ読んでいるはずです。きっと、一日で得られる情報の数は、平安時代の人が一生をかけて得た情報量よりも多いでしょう。その分、発言などに気を配らなければいけなくなり、みんなが優等生をやらなくちゃいけない環境は、ストレスも多いことと思います。けれども、ネガティブな見方だけをしてしまうと、自分が集めた情報の中で埋もれてしまって、視界が狭くなります。
 そんな時は、ちょっとそのネガティブを外してあげて、デジタルデトックスしてみてください。奈良は魅力あふれる街です。奈良の街をひたすら散歩して回るとか、吉野や明日香に行ってみるとか。その土地からあふれる魅力を吸い上げる時間を作って、かつデジタルの良さも満喫すれば、私の学生時代よりももっと深く豊かな生活を送れるはずです。人生に無駄なことはありません。つらい経験もいつか必ずプラスになります。現代社会の便利さを享受しつつ、自分の精神世界の散歩も、忘れないでほしいです。

―― 悩める女子大生に、今お薦めしたい本はありますか?
 3つおすすめさせてください。
 1冊目は、宮本輝先生の『流転の海』です。宮本さんのお父様の人生が綴られているのですが、この本には人生の喜怒哀楽がすべて詰まっているんです。人生は悲しみや死と向き合う機会もたくさんありますが、それでもやっぱり人生ってすごいんです!宮本さんのお父様は、歴史に名を連ねる方ではないですが、すごく豪快で面白い人物で、たくさんの名言を残してくれています。その言葉にしびれながら、何度でも読み返したくなる一生ものの本です。これをまだ読んでいない人がうらやましい!
 2冊目は山本文緒さんの『恋愛中毒』、恋愛小説の名著です。皆さんはまだまだ恋愛で悩むことも多いのではないでしょうか。そういう時には、この本を手に取ってみてください。この本では、未練や執着といった、誰にでも陥りうる恋愛の影の部分がたくさん登場します。恋愛には負の部分がたくさんあるけれど、むしろそれがあるからこそ、やめられないとも言えます。作中では、女性がどうかこれ以上他人を好きにさせないでくれと祈るんです。そのくらい恋愛に執着をしている自分に苦しんでしまうのです。本当に忘れられない1冊です。
 3冊目は、黒柳徹子さんの新刊『トットあした』です。黒柳さんは人生の中で、いろんな出会いを経験し、いろんな方々からいろんなお言葉をいただいています。その人たちの人生とトットちゃんの人生が交わった素晴らしいエピソードが、本作には詰まっています。人を嫌いになりそうなときにこの本を読むと、人と交わることも悪くないと思えます。私たちは人によって傷つけられるけれど、人によって救われるんです。「自分の人生って人間でできてるんだなあ」と、改めて感じました。

―― 最後に、今後中瀬様が挑戦したいことをお聞かせください。
 私には悩みが一つあります。趣味にお金がかかりすぎることです!
 本が好き、映画が好き、美味しいものを食べることが好き、猫が好き、旅が好き、競馬が好き。趣味と言われるとパーッとそんなことを思い浮かべますが、全部お金がかかります。私の姉は庭でバラを育てたり、絵を描き、刺繍をしたりとすごく豊かな趣味を持っていて、それを見ていると私はそういったものがなにもないと思う今日この頃です。そんな中、今少し扉を開けそうなのが、美術です。この間はイタリアやスペインに行き、美術のシャワーを浴びてきました。ヨーロッパはお金もかかるのでなかなか行けませんが、日本でも素晴らしい展示はたくさんあります。そういったものに触れてゆっくりと楽しむこと、そしてお金のかからない趣味を増やすことに、今燃えています!そういう意味では、学びなおしもしたいです。学生時代にはできなかった学問や興味持ったものを、いまさらながらやってみたいなって。
 勉学欲と趣味欲を満たしたい!それが今の私のテーマです。今日より若い日はないのだからと日々言い聞かせながら。

取材日:2025.09.08

― 学生記者の声 ―

文学部・正岡 歩実さん

3年になり進路を考える中で、働く卒業生のお話を伺いたいと思い、今回の卒業生インタビューに参加しました。仕事を愛する中瀬さんからいただいたお話の中でも、特に心に響いたお言葉があります。「いつだって『今日』より若い日なんてない」。自分の実力に不安を感じることもありますが、今だからこそできることに目を向け、チャンスを逃さず一歩踏み出す大切さを胸に、今後も挑戦を重ねていきたいです。


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