Cartanへの手紙 自筆原稿画像 清書テキスト

 

H. カルタン様

1948年7月25日

拝啓
 長い間とても気がかりだったのは、あなたが危険な状況におられるのではないかということでした。今は喜びにひたってこの手紙を書いています。わたしたちは今後も、お互いに霊感をあたえあって、多くの多変数関数論の分野を開拓したいものだと思っています。
 あなたのお考えをお聞かせ願いたく存じます。実際、これまでの道程で出会った数々の困難を思い起こし、また今後も出会うであろうさまざまな困難を思い描きつつ、わたしは省察の精進を続けてまいりました。
 その成果として、急いでしたためた論文を、友人の湯川氏気付でお届けいたします。タイプで清書されていないのをお許しいただけるでしょうか。わたしには時間がなかったのです。これは論文VI以降に書いた最初の論文です。あの論文のノートをお宅へ届けることになるかもしれません。この間ずっと私には話相手がなかったのです。
 ところで、今回の論文は、あなたのみごとな正則函数行列の論文のもう一つの側面でしかありません。にもかかわらず、私がこれを書きましたのは、お許し願いたいのですが、これが私の研究の十全たる展開に不可欠だったからです。無理と言うことであれば取り下げるにやぶさかではありませんが、もし事情が許せば、お手数をおかけしますが、どこかの数学雑誌に紹介していただくようお願いいたします。

敬具
岡潔
(紀州、紀見村にて)