令和8年度奈良女子大学大学院入学宣誓式 学長式辞
この場に集まった皆さんは、すでにそれぞれの専門分野における基礎を築き、さらにその深淵へと分け入ろうとする「探究者」です。文部科学省の統計を紐解くと、日本の大学進学率は男女ともに5割を超えていますが、大学院への進学率は男性の約16%に対し、女性はわずか7%台に留まっています。この数字が示す通り、女性として大学院という高度な知の探求の場を選択した皆さんは、現時点ですでに、社会における「少数派」であり、同時に次代を担う「選ばれし者」であるとも言えます。
では、大学院で学ぶことの意味とは何でしょうか。
学部の四年間は、いわば「自分のため」の学びが中心であったかもしれません。しかし、大学院における研究は、それ自体、社会的な価値を内包するという側面が強くなります。皆さんがこれから取り組む研究課題は、人類が積み上げてきた「知」のフロンティアを押し広げる重要な一歩です。
さて、ここで私が長年関わってきた日本の南極観測事業における女性研究者の歩みについて触れたいと思います。南極という極地は、まさに人類にとっての知の最前線です。この過酷な地における女性研究者の歩みは、そのまま日本社会における女性進出の歴史とも類似した部分があります。
かつて、日本の南極観測隊は男性のみの組織でした。その扉がわずかに開いたのは1987年で、森永由紀氏が女性初の隊員として参加したのが始まりでした。1990年代に入ると、1991年秋に出発の第33次隊に当時大学院生であった原田尚美氏が参加するなど、女性研究者が一歩ずつその道を切り拓いてきました。私が参加した第38次隊(1996年秋、出発)では、一人の女性大学院生が我々地学隊の仲間として、過酷なフィールドワークを共にしました。そして2002年(平成14年)以降、毎年1名以上の女性隊員が派遣されるようになり、隊によっては、10名~20名程度の女性隊員が派遣されることもめずらしくなくなりました。今では研究職のみならず、医師や調理、設営といった多様な職種で女性が活躍しています。
その後、2024年に出発した第66次観測隊においては、東京大学大気海洋研究所の原田尚美教授が女性として初めての観測隊長に就任しました。また、続く第67次観測隊(2025年出発)では、国立極地研究所の江尻省(えじりみつむ)准教授が女性初の越冬隊長として、氷点下の極寒の地で1年以上にわたり隊を率いていらっしゃいます。このように、かつては「少数派」であった女性たちが、今や現場を統括するリーダーとして、文字通り世界の果てで「知」を牽引しているのです。この事実は、志を持ち続けることの力強さを物語っています。
さて、私たちが現在向き合っている日本社会は、大きな変革の最中にあります。
憲政史上初となる高市早苗氏の総理大臣就任は、日本のリーダー像を塗り替える象徴的な出来事であり、一つの明るい兆しと言えるでしょう。しかし、学問を志す皆さんは、この事象を単なる「成功の物語」としてのみ捉えるのではなく、冷静かつ多角的に分析する視点を持っていただきたいと思います。
トップが一人変わったからといって、日本社会に根深く存在する構造的なジェンダーギャップが直ちに解消されるわけではありません。世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数2025」における日本の順位は148カ国中118位と、依然として先進国の中では立ち遅れています。特に経済・政治分野における格差は深刻であり、女性がその能力を十分に発揮し、意思決定に深く関与できる環境は、未だ発展途上にあります。
こうした現状に直面したとき、ものを言うのは、大学院で培われる「誠実かつ強靭な知性」です。既存の価値観や一時的な流行に流されることなく、膨大な情報の中から本質を見抜く力。そして、専門外の知見をも柔軟に取り入れながら、複雑な課題に対して自ら解決策を提示できる力。これこそが、これからの日本を、そして世界を牽引するリーダーに求められる資質です。先駆者が切り拓いた道に続き、その先の道を切り拓くのか、あるいは全く別の新しい道を創造するのか。その主体は、今ここにいる皆さん一人ひとりに委ねられています。
本学大学院は、皆さんが思う存分研究に没頭し、その翼を広げるための場です。博士後期課程における「SGC-NEXUS」と名付けた経済的・研究的支援プログラムをはじめ、皆さんのキャリアパスを支える体制も整えています。
「チャンスは準備のない者には微笑まない」という言葉があります。この二年間、あるいは三年間という限られた時間を、生涯にわたって社会に貢献し続けるための、揺るぎない「基盤づくり」の期間としてください。
皆さんが、この奈良女子大学で、既存の枠組みを打ち破る力を蓄え、自らの研究を通じて、より公正で希望に満ちた未来を形作っていくことを強く願い、私の式辞といたします。
令和8年4月4日
奈良女子大学長 高田将志