ご挨拶

 初めて「古代史・環境史プロテオミクス研究創成事業」と聞いてなるほどと思う人は百人に一人いるかいないかでしょう。命名者として大いに反省しています。そこで、事業の内容を簡単に説明いたします。

 タンパク質(プロテイン)といえば、大抵の人は食べ物に含まれる栄養素の一つということを知っているはずです。もう少し詳しい人は食べ物から取り入れたタンパク質が体の中で消化され、巡り巡って別のタンパク質に作り変えられることを知っているでしょう。さらに詳しい人は、絹や羊毛(ウール)がタンパク質で、綿(コットン)や麻はタンパク質でないことも知っているかもしれません。食べ物の中のタンパク質は食べればすぐ分解するし、放っておくとすぐ腐りますが、絹や膠(にかわ)などのタンパク質はとても安定で、八千万年前の恐竜の骨のコラーゲンが化石からほとんど無傷で取り出された例があるくらいです。奈良女子大学古代史・環境史プロテオミクス研究創成事業では、古代の遺跡や古い仏像・美術工芸品のような文化財に含まれるタンパク質を分析して、タンパク質の分子構造に刻み込まれた生物、時代、環境、工芸技術などの情報を、ちょうど古い書物を読むようにして化学や物理学の言葉で解読する方法を編み出し、実際にそうして読んだ情報を使って古代の歴史を研究しようとしています。

 私たちの大学がある奈良市内には、平城京・宮跡や古墳をはじめ飛鳥・奈良時代以来の神社やお寺、奈良文化財研究所、奈良国立博物館、正倉院奈良事務所などがあるばかりでなく、ちょっと地面を掘れば何か古代の遺物が出てくる(こともある)という古代学の研究にはこれ以上望めない程の環境に恵まれています。こうした立地条件を最大限に活用して、学内では文学部や理学部といった区別なしに教員が様々な知識と経験を持ち寄り、外部の研究機関の研究者や時には芸術家・伝統工芸家も加えて新しい歴史学を「創成」すべく日夜研究に励んでおります。

 研究の性質から、当事業本部ではできれば数百年以上前の古い資料を集めています。このホームページをお読みになって、面白そうな資料をお持ちの方は是非ご一報下さい。この事業の成否はどれだけ古い資料が集められるかにかかっていますので、このお願いをもって挨拶に代えさせていただきます。随時このホームページで公開予定の事業の成果に、ご注目いただければ幸いです。



代表 中沢 隆
(理学部教授)