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光合成するウミウシで発見された大規模な自切と再生


[ リリース: 2021.04 ]
奈良女子大学理学部 化学生物環境学科
生物科学コース・環境科学コース兼担  遊佐陽一
奈良女子大学大学院 人間文化総合科学研究科
博士後期課程 三藤清香

ウミウシはダイビングや水族館などで最近人気のある動物ですが,その中に,あまり目立たない嚢舌類(のうぜつるい)というグループがあります。よく見ると,きれいでかわいい種も多いのですが,体が小さいこともあり,あまり脚光を浴びることはありません。しかし専門家の間では嚢舌類は有名なグループです。なぜなら,彼らは餌の海藻から葉緑体を取り込み,自分の細胞内でそれを維持し(長い種では数か月ほど),光合成に用いるからです。これは盗葉緑体とよばれる現象で,動物界のなかでもその能力をもつことがわかっているのは数十種の嚢舌類と,2種のヒラムシだけです。この特殊な能力により,嚢舌類は餌(海藻の細胞内容物)そのものを消化して得られるエネルギーだけでなく,盗んだ葉緑体を用いて光合成によってもエネルギーを得ることができます。当研究室では,葉緑体による光合成がウミウシにどのような利益をもたらすかについて調べています(詳しくは,以前の研究紹介「動く葉っぱ? 光合成するウミウシたち」をご覧ください)。

今回,嚢舌類ウミウシで,新たな特殊能力が発見されました。実験室で卵から成体になるまで飼育していたコノハミドリガイという種が,首元で自切したのです(図1;動画はhttps://www.youtube.com/watch?v=rtmtW_n09f4をご覧ください)。切り離された頭部も体もしばらくの間動き続け,特に頭部は餌の海藻を食べ,1週間もすると新しく小さな体を再生しました(図2)。3週間後には,自切前より少し小さいですが,ほぼ完全な体となりました。一方,切り離された体は刺激に対して動くなどの反応を示し,明確な心臓の動きが確認された個体(?)もいました。体は徐々に縮みながらも1か月ほど動いていましたが,頭部を再生することはなく,そのまま死んでしまいました。同様の大規模な自切と再生は,近縁種のクロミドリガイでもみられました。


図1. 自切直後のコノハミドリガイ


図2. コノハミドリガイの再生の様子(図中の矢印は心臓を指す)
a. 自切直後,b. 自切から7日目,c. 自切から22日目

この自切は,コノハミドリガイの自切面と思われる首元の溝を細い糸で軽く絞めることでも誘導できました。ほとんどの場合,自切は1日以内に起きましたが,自切するまでに十数時間かかりました。

今回の現象は,知られている限り最も大規模な自切の例で,明確な頭部と心臓をもった動物が,心臓を含む体の大部分を失っても生存し,再生するという点でも他に類がないと思われます。再生能力が高い動物として,ヒドラ,プラナリア,ヒトデ,ゴカイなどがよく知られていますが,彼らは明確な頭部や心臓を欠くか,血管系の一部が心臓の役割を果たしているなど,比較的単純な構造の心臓しかもたないようです。

クロミドリガイには体内にカイアシ類という甲殻類の寄生虫がいることがあります。この寄生虫はクロミドリガイの体外では生きていけません。クロミドリガイで自切がみられた個体はすべて寄生されており,自切後に寄生虫が切り離された体部分に残っていたので,少なくともクロミドリガイは,この寄生虫を排除するために自切するのではないかと私たちは考えています。他方で,自切には長い時間がかかるため,トカゲのしっぽ切りのように捕食者から逃れるために自切するという可能性は低いのではないかと思われます。

どのようなメカニズムでこの大規模な自切・再生が可能なのかは今のところ不明ですが,嚢舌類のもつ光合成能力が関係していると私たちは推測しています。頭部だけになって心臓が無くても,光さえあればエネルギーを獲得でき,酸素も得られるので,生存や再生が可能なのではないかという仮説です。今後より多くの実験を行い,この仮説を確かめる必要があります。

幸運なことに今回の発見は世界中から注目され,国内のメディアでも多く紹介されたので,頭だけで動くウミウシの動画をご覧になった方もいるかもしれません。生き物を大事に飼育し,丁寧に観察するだけで,注目される発見に至ったことに,私たちも驚いています。後から考えると,奈良という海のない場所では,いつでも採集に行けるわけでもないので,飼育の大切さを身に染みてわかっていることが幸いしたのかもしれません。

他の嚢舌類でも光合成する種が多くいるため,それらも自切・再生する可能性は十分にあると思います。どの種がこのような高い再生能力を示すのかを調べることで,この現象の進化的な起源などを明らかにすることができるので,今後調べたいと思っています。嚢舌類を採集・飼育でき,研究にご協力いただける方は,遊佐までお知らせください(研究室のホームページに連絡先があります)。高校生の方も大歓迎ですので,一緒にこの謎を解き明かしませんか。

論文

“Extreme autotomy and whole-body regeneration in photosynthetic sea slugs”, Sayaka Mitoh and Yoichi Yusa, Current Biology 31, R233-R234. 2021. DOI:
10.1016/j.cub.2021.01.014


研究室ホームページ
http://www.nara-wu.ac.jp/bio/yusa/index.html