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「動く葉っぱ」? 光合成するウミウシたち


[ リリース: 2015.09 ]
奈良女子大学理学部 化学生命環境学科
生物科学コース・環境科学コース兼担 遊佐陽一

うちの植物形態学のS先生は,「なぜ人間は光合成では生きられないか」という話を講義でしています。彼によると,人間はよく動くために多くのエネルギーが必要だが,その割に表面積が小さすぎて,とても光合成だけでは身が持たないらしい。では,光合成をするのは本当に植物だけなのでしょうか?

実際には,サンゴ,クラゲ,シャコガイ,ホヤなど多くの動物が光合成でエネルギーを得ています(そう言えば,確かにこれらの動物は動きが少ないですね)。しかし,これらはすべて,共生させている藻類から栄養をもらっており,自分で光合成している訳ではない。

では,光合成している動物はいないのだろうか? 唯一,嚢舌類(のうぜつるい)という目立たないウミウシの1グループが光合成をしています。彼らは,藻類の細胞表面に傷を付け,細胞の中身を食べているが,葉緑体はすぐに消化せずに細胞内で維持して,光合成に利用する。餌から葉緑体を「盗む」ので,盗葉緑体現象と呼ばれています。葉緑体を維持できる期間は数日程度と短い場合が多いが,チドリミドリガイ(図1)などの種では,数ヶ月も葉緑体を維持できます。このように特異な盗葉緑体という現象は,いったいなぜ見られるのでしょうか?

そもそも,生物学における「なぜ」という疑問には2つのタイプがあります。1つは,どのようにしてそれが可能なのかという,メカニズムの問題。今回の例で言うと,どのような遺伝子やタンパク質が関与して,ウミウシの体内で葉緑体が維持できるのかという疑問ですね。もう1つは,一体どのようなメリットがあってそれが進化したのか,という適応的意義についての疑問。今の例で言うと,光合成することでウミウシにどのようなメリットがあるのか,ということです。盗葉緑体現象のメカニズムについての研究は数多い。しかし,ウミウシにとっての光合成のメリットについては,優れた古典的な研究がいくつかあるものの,たとえば,光があると実際にウミウシの成長が良くなるのかといった単純なことですら,統計学的にきちんと示されていませんでした。

そこで,嚢舌類にとって光合成のメリットはあるのかどうかということを,卒業研究の学生さんと一緒に調べはじめました(Yamamoto et al. 2013. J. Mar. Biol. Ass. 93: 209-215)。ヒラミルミドリガイ(図2)という種の個体をたくさん採集し,2グループに分け,光を当てたグループと当てなかったグループとの間で,生存率や成長率を比べてみました。ところが,予想とは違って,光が当たったほうが生存や成長がよくなるという結果は得られなかった。少しあてが外れてがっかりしたが,よく調べてみると,この種は,取り込んだ葉緑体を2−4日しか維持できないことが分かった。そこで,今度はもっと葉緑体が長持ちするチドリミドリガイを使って実験したところ,光が当たらない場合に比べて光が当たると生存も成長も良くなり,ウミウシにとっての光合成のメリットを初めて明らかにできました。

しかし,ヒラミルミドリガイのように葉緑体を長持ちさせられない種では,本当に光合成のメリットはないのでしょうか?葉緑体を取り込んで光合成する能力を進化的に最初に獲得した嚢舌類は,当然葉緑体を長持ちさせられなかったはずなので,そのときに何のメリットもないのは不思議です。そこで,新たに研究室に入ってきた学生さんと一緒に,その謎を追究することにしました(Akimoto et al. 2014. Marine Biology 161: 1095-1102)。前の実験では,餌を与えていない個体に光を与える・与えないという2つの処理を施して比較したが,今度は,光を与える・与えないという処理を,餌を与えた場合と与えない場合とで比べてみることにしました。主役はやはり,ヒラミルミドリガイである。すると,餌を与えない場合には,光の有無で生存や成長に差がないという,前と同じ結果が得られた(図3左)。ところが,餌を与えると,成長自体も餌がない場合よりも良くなるが,何よりも光の有無で成長に大きな違いが出ました(図3右)。この結果は,ヒラミルミドリガイのように葉緑体を長持ちさせられない種では,餌を食べ続けているときに光が当たるとより多くのエネルギーを得ることができることを示しています。恐らく,最初に盗葉緑体の能力を獲得した種も,このように餌を食べつつ,光合成していたのでしょう(ご飯を食べて,ひなたぼっこをして休んでいると,何か元気が出るわ〜という感じなのでしょうかね)。

では,葉緑体を得たことで,ウミウシの光に対する行動に変化はないのでしょうか?次に研究室に入ってきた学生さんが,そのことに取り組んでくれました(Miyamoto et al. 2015. Marine Biology 162: 1343-1349)。細長い容器に海水を満たし,その中央にウミウシを1匹入れ,片側から光を当てる。ウミウシはどちらに動くだろうか? やってみると,光合成するウミウシ3種ではほぼすべての個体が光のほうに動くのに対して,光合成をしないウミウシ2種では光に向かう個体と逆に行く個体が同数くらいか,むしろ逆に行く個体が多かった。嚢舌類ウミウシのことを,「動く葉っぱ」と呼んだ学者がいたが,まさに彼らは光を求めて動く葉っぱなのです。

今,私たちの研究室では,「そもそも,どのような理由で盗葉緑体能が進化したのか?」という大きな謎に取り組んでいます。生物学には未解明の謎がいくらでもあります。その謎解きは楽しいですよ。皆さんも,小さな生き物に潜む大きな謎解きを一緒にしてみませんか?

*当研究室では,他にも,生物の性表現(雄・雌・雌雄同体などが存在する理由は?),生物間相互作用(敵の敵は味方なの?),外来種の侵入(自然を守ることが外来種の防除につながるか?)などについて,身近な動物の「なぜ?」を追究するオリジナルな研究を行っています。
詳しくは,奈良女子大学・集団生物学(生態学)研究室のホームページにアクセスして下さい!

関連論文

1)著者名:S. Yamamoto et al.
論文名:"Effects of photosynthesis on the survival and weight retention of two kleptoplastic sacoglossan opisthobranchs"
雑誌名・頁等: Journal of Marine Biological Association of the United Kingdom 93: 209-215 (2013).
雑誌のサイト:  http://dx.doi.org/10.1017/S0025315412000628

2)著者名:A. Akimoto et al.
論文名:"Relative importance and interactive effects of photosynthesis and food in two solar-powered sea slugs"
雑誌名・頁等: Marine Biology 161:1095-1102 (2014).
雑誌のサイト: http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00227-014-2402-1

3)著者名:A. Miyamoto et al.
論文名:"Phototaxis of sacoglossan sea slugs with different photosynthetic abilities: a test of the 'crawling leaves' hypothesis"
雑誌名・頁等: Marine Biology 162:1343-1349 (2015).
雑誌のサイト: http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00227-015-2673-1