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大気微量成分の研究 -砂の中からダイヤを拾う-


[ リリース: 2015.10 ]
奈良女子大学理学部 化学生命環境学科 環境科学コース 林田佐智子

 私の研究テーマを一言でいうと、「大気微量成分の研究」です。地球大気では、乾燥大気中の組成のうち、ほぼ8割は窒素(N2)、2割が酸素(O2)で、この二つでおよそ99%になります。残りの1%の中にごくわずかな化学物質が多数含まれますが、それらを「大気微量成分」と呼んでいます。環境問題というとおなじみの二酸化炭素(CO2)や、大気汚染で知られるオゾンや窒素酸化物(NOx)等はすべて大気微量成分と呼ばれます。これらはごく微量ですが、環境問題に大きな影響を及ぼしています。微量というとどの程度かとよく訊かれますが、例えば二酸化炭素は全球平均で約390ppmですから100万個の分子のうちの390個、言い換えると0.039パーセントです。メタンだと約1800ppbですから10億個の分子のうちの1800個、0.00018パーセントです。これらはこれほどまで微量であるにも関わらず、地球温暖化の主要因と考えられています。

 私は人工衛星から観測したデータをもとにこれらの微量成分を分析しています。一般に大気中の化学成分を衛星から観測することはとても難しいことです。近年になってようやく観測技術が成熟し、様々な成分が観測できるようになりました。それによって地球の大気環境についていろいろなことが分かってきました。陸上の様子を衛星から観測することで「そこに何があるか」が詳細にわかりますが、微量成分濃度を知ることで「そこで人間が何をしているか」がわかると言ってもいいでしょう。例えば大気汚染物質である二酸化窒素(NO2)の衛星観測データをよく調べてみると、東京では多くの人が仕事を休むためか日曜日に濃度が下がります。また、北京ではオリンピック開催期間中に交通規制をしたので、急にNO2の濃度が下がったこともよく知られています。他に山火事で一酸化炭素が多く放出されている例や、石油や天然ガスの採掘場所から漏れてきたと思われるメタンが観測されることなどがあります。

 最近私が発表した論文では、中国の大気下層(高度3km以下)にオゾンが高濃度で存在することを衛星から確認しました。これまで、高度10kmから40kmに存在する成層圏オゾンの衛星観測はよく行われてきましたが、対流圏下層、つまり地上付近で発生するオゾン(大気汚染物質オキシダントとして知られています)を衛星から観測するのは困難だと考えられてきました。しかし、ハーバード大学との共同研究によって、非常に微弱ではありますが、衛星から大気下層のオゾンのシグナルをとらえることが可能であることを証明できました。さらに、中国中央部では、毎年初夏になると非常にオゾンが高濃度になっていることを明瞭にとらえました(図)。図で示すようなオゾン分布の状態から、中国から日本への越境汚染の決定的証拠をつかんだと考えています。現在、気象研究所との共同研究として、数値モデルシミュレーション結果との総合的な解析を進め、その裏付けを行っているところです。

 大気微量成分の研究は、狭い意味での「大気汚染物質」の研究にとどまらず、温室効果気体の研究につながります。地球温暖化で問題になるのは二酸化炭素だけではありません。放射強制力という指標で温暖化への影響を比べると、二酸化炭素の増加に起因するのは全体の6割程度と推定されています。そのほかはメタンなど、二酸化炭素よりももっと微量な物質です。これらのうち、大気中の寿命が短いものは「SLCP*」と呼ばれ、現在研究が進んでいるところです。私は特にメタンに注目しています。なぜならメタンはその多くが生物活動に由来することから定量的評価が難しく、まだわかっていないことが多いからです。平成27年度からは、環境省の環境研究総合推進費研究課題「GOSAT等を応用した南アジア域におけるメタンの放出量推定の精緻化と削減手法の評価」の代表として、南アジアからのメタン放出研究プロジェクトを牽引しています。今年7月末にはプロジェクトメンバーと共にインドやバングラデシュの水田地帯を調査してきました。メタンは水田や家畜から放出されるため、発展途上国における農業活動が大きな発生源になっているのです。日本の打ち上げた衛星GOSAT(愛称「いぶき」)は温室効果気体の観測を世界に先駆けて実施した衛星で、二酸化炭素とメタンの観測では世界を一歩リードしています。私はいぶきのメタンデータの活用について、このプロジェクトの研究活動を通して世界にアピールできればと思っています。今年12月には、パリでOECDのGreen Growth and Sustainable Development Forum において、いぶきのデータ活用について講演を行うことになっています。これまでの研究成果を地球環境の改善に役立ててもらえるようにこれからも研究に精進したいと思います。

 ほんのわずかしかなくても大きな働きをする大気微量成分ーまさに「山椒は小粒でピリリと辛い」のです。私自身もそんなピリリとした研究者でありたいと思っています。

*SLCP Short Lived Climate Pollutants

関連論文

Observation of ozone enhancement in the lower troposphere over East Asia from a space-borne ultraviolet spectrometer S. Hayashida, X. Liu, A. Ono, K. Yang, and K. Chance Atmos. Chem. Phys., 15, 9865-9881, 2015
http://www.atmos-chem-phys.net/15/9865/2015/
doi:10.5194/acp-15-9865-2015