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金属イオンを見分けて光る分子を作る


[ リリース: 2015.12 ]
奈良女子大学理学部 化学生命環境学科 化学コース・環境科学コース兼担 三方裕司

 私たちが生命活動を維持する上で、欠かせない存在である酵素。酵素には、「基質特異性」という性質があり、それぞれの酵素は特定の物質に対してのみ選択的に反応して、生体反応を効率的に進行させている、ということは皆さんもご存じではないでしょうか。しかし、酵素に限らず、私たちの体を作っているさまざまな分子は、体内に含まれる別の分子や金属イオンを厳密に識別しています。この“識別”をフラスコの中で再現することで、まだまだ謎が多い“生体機能の解明”に迫ることができるのではないか−。そんな野望を胸に、私の研究室では、「さまざまな金属イオンを明確に識別できる分子の設計および合成」について研究を行っています。本稿では、多くの生命活動に関わっており、生体にとって非常に重要な金属である亜鉛イオン、環境中に存在する毒性の高い重金属であるカドミウムイオン・水銀イオンをそれぞれ特異的に見分けることができる蛍光センサー分子の開発について、最近の研究成果を紹介します。

 まず、亜鉛イオンを特異的に見分けるセンサーについて紹介します。私の研究室では、「キノリン」という化合物に着目し、色々な化合物の合成に取り組んできました。はじめに、「エチレンジアミン」に4つの「キノリン」を結合したTQENという化合物の合成を行いました(図1左)。TQENは亜鉛イオンを捕まえる(「錯体」を形成する)と光る、という性質を有することが分かりました。しかし、同族元素であるカドミウムイオンを捕まえた場合にも亜鉛イオンを捕まえたときの60%程度の強度で光ってしまい、亜鉛に対する特異性をより高める必要があることが分かりました。TQENの亜鉛錯体のX線結晶構造解析を行って構造を確認したところ、分子内のキノリン環同士の立体障害が大きくなっていることが分かりました。そのため、TQENは錯体の構造が亜鉛イオンに対してあまりうまくフィットしておらず、亜鉛イオンに対する特異性が欠けているのではないかと考えました。そこで、TQENの4つの「キノリン」を「イソキノリン」に置き換えた1-isoTQENの合成を行ったところ、亜鉛錯体形成時の立体障害を取り去ることに成功し、亜鉛イオンに対してしっかりとフィットした、亜鉛イオン特異的蛍光センサー分子の開発に成功しました(図1中央)。

図1 TQEN(左),亜鉛イオンセンサー1-isoTQEN(中央)および水銀イオンセンサーBQET(右)


 また、TQENの「エチレン」部位を「シクロヘキサン」とすることにより合成した化合物TQDACHも、亜鉛イオン特異的蛍光センサーとなることを見出しました(図2左)。ところが、TQDACHの「シクロヘキサン」を「ベンゼン」とした化合物TQPHENは全く逆の挙動を示し、カドミウムイオン特異的蛍光センサーとなることが分かりました(図2右)。化合物の構造をほんの少し変えるだけで、見分けることができる金属が変わる、という興味深い結果がもたらされました。

 さて、これで亜鉛イオンとカドミウムイオンを特異的に認識するセンサーを作ることができました。続いて水銀イオンに対するセンサーについてです。私たちは、「似た者同士は仲が良い」という化学の法則をヒントに、水銀イオンセンサーの設計を行いました。具体的には、周期表の下の方にある「ソフトな原子」である水銀を認識するために、窒素(N)よりも「ソフトな原子」である硫黄(S)を含むBQETを設計し、合成を行いました(図1右)。一般的に、水銀のような重金属は、“消光”(金属を捕まえても光らない)という性質があるため、水銀を捕まえて光るセンサーの開発は大変苦労しました。しかし、本研究では私たちの戦略がうまくいき、水銀を捕まえて光るセンサー、BQETの開発に成功しました。

 以上のように、最初に合成したTQENの構造を元として、亜鉛イオン・カドミウムイオン・水銀イオンそれぞれに対するセンサー化合物を開発することができました。化合物の構造を少し変えるだけで、その機能が劇的に変化するということがお分かり頂けたでしょうか。“やってみないと分からない”そんな化学の魅力に取り憑かれ、新しい機能を発揮する分子の発見を夢見て、研究室の学生たちは日々新しい化合物の合成に取り組んでいます。あなたも私たちと一緒に、世界で初めての分子を作って、自然界の神秘に挑戦してみませんか。

図2 亜鉛イオンセンサーTQDACH(左)およびカドミウムイオンセンサーTQPHEN(右)

関連論文

(1) Y. Mikata, R. Ohnishi, A. Ugai, H. Konno, Y. Nakata, I. Hamagami, and S. Sato
OFF-ON-OFF fluorescent response of N,N,N’,N’-tetrakis(1-isoquinolylmethyl)-2-hydroxy-1,3-propanediamine (1-isoHTQHPN) toward Zn2+
Dalton Trans., 45(17), 7250-7257 (2016).
http://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2016/dt/c6dt00506c

(2) Y. Mikata, A. Kizu and H. Konno
TQPHEN (N,N,N’,N’-tetrakis(2-quinolylmethyl)-1,2-phenylenediamine) derivatives as highly selective fluorescent probes for Cd2+
Dalton Trans., 44(1), 104-109 (2015).
http://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2015/dt/c4dt02177k