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謎のダークマターに支配された銀河団の進化を探る


[ リリース: 2016.12 ]
奈良女子大学 理学部 数物科学科 物理学コース 准教授 太田直美

私たちの見上げる空の向こうには、広大な宇宙が広がっています。「この宇宙は一体どのような進化をたどって現在のような姿になったのだろう?」、「膨張を続ける宇宙のなかで、銀河などの天体はどのように生まれ進化してきたのだろう?」、 このような謎に挑むのが宇宙物理学です。私は宇宙のなかで最も大きな天体といわれる銀河の大集団(これを銀河団といいます)に注目して、人工衛星や地上の望遠鏡を利用した観測を行っています。そして、銀河団の中に含まれるガスの性質や光を出さない謎の物質、ダークマターの質量を測ることで、銀河団がどのように生まれ進化してきたかを調べています。十分にデータを蓄積し、いずれダークマターやダークエネルギーに満ちた宇宙の進化を解き明かしたいと思って日々研究に取り組んでいます。

・銀河団とは?

銀河団を可視光で見ると、100〜1000個もの銀河がお互いの重力で引き合って群れをなす様子を捉えることができます(図1左)。その広がりは約1千万光年にもおよびます。一方、我々の目には見えないX線で観測すると、その姿はがらりと変わります。銀河と銀河の間には数千万度を超える非常に高温のガスがあり、銀河団全体をすっぽりと覆っているのです(図1右)。このように多数の銀河や高温ガスがちりぢりにならず一カ所にとどまっていられるのは、銀河団の中に大量のダークマター(太陽の重さの1014〜1015倍にもなる)がありその重力がつなぎ止めているからと考えることができます。

では、銀河団は特別な天体なのかというとそうではありません。我々の住む銀河系もおとめ座超銀河団の一部に属すといわれ、遠くにあるものも含めて1万個を超える銀河団が見つかっています。ですから、銀河団は宇宙ではありふれた存在で、その進化を知ることが宇宙全体の進化を知る大事な手がかりになるのです。

・最新の観測成果 -- 銀河団の中の高速のガス運動 --

銀河団は、銀河と高温ガスとダークマターからできていることはすでに述べました。そのような銀河団も誕生から十分時間がたてば、高温ガスの持つ圧力がダークマターの重力と釣り合った静的な状態になると考えられてきました。これは例えれば、お椀に勢いよく注がれたスープもやがては落ち着いて静かに止まっているような様子です。ところが、最近の観測から、銀河団は動的な天体であることがわかってきました。 図2は、「すざく」衛星で取得した銀河団のX線スペクトルデータの例です。高温ガスに含まれる鉄元素からの信号がくっきりと見えています。そのエネルギーを精密に測ると、ドップラー効果からガスの運動速度を知ることができます。この手法で複数の天体を調査した結果、銀河団の中のガスは毎秒およそ1000キロメートルにも及ぶ高速で集団運動をしている場合があることを突き止めました。

これは、前述のような静的な描像は必ずしも成り立っていないことを意味しています。銀河団は、ダークマターの重力によって周囲から小型の天体を引き寄せては合体を繰り返しながら成長します。天体が誕生しておよそ100億年経過した現在の宇宙でも、まだまだその成長は続いていて、ダークマターのお椀に流れ込んだガスは高速で複雑な運動を続けている段階なのかもしれません。

・今後の展望

今年初めには、天体が放射するX線エネルギーを従来のCCD検出器の30倍もの精度で測ることができるマイクロカロリメータ検出器を搭載した「ひとみ」衛星が打ち上げられました。その初期観測成果の詳しい紹介はホームページや論文に譲るとして、銀河団のガスの運動や形成進化の解明は、宇宙観測の重要テーマの一つとして位置づけられています。将来の大型X線観測衛星も計画されており、研究の進展が期待できます。



図1: ケンタウルス座銀河団の可視光画像(左)とX線画像(右)。図の一辺は約230万光年に相当する。左図は、ESO Digitized Sky Surveyより提供。右図は「すざく」衛星で取得したデータから作成。



図2: 「すざく」衛星で観測したケンタウルス座銀河団のX線スペクトル。横軸はX線エネルギーを、縦軸は各エネルギーに対する強度を表す。図1中で青と赤の四角で囲った領域のデータをそれぞれ青と赤の十字で表示した。約6.6キロ電子ボルトにある山(矢印のところ)が、鉄元素からの輝線放射。2つの領域の鉄輝線はほぼ同じX線エネルギーを持つことがわかった。一方、赤で囲った領域では銀河から予想されるエネルギー(点線)と比べるとX線のエネルギーがずれている。このことから、過去に銀河団同士の衝突合体が起こりそれに伴ってガスが毎秒数1000キロメートルもの高速運動を持っていたと考えられる。


最近の論文

Naomi Ota & Hiroko Yoshida, “Search for gas bulk motions in eight nearby clusters of galaxies with Suzaku”, Publications of the Astronomical Society of Japan, Volume 68, Issue SP1, id. S19 14pp. (2016)
http://pasj.oxfordjournals.org/content/68/SP1/S19

Hitomi Collaboration, “The quiescent intracluster medium in the core of the Perseus cluster”, Nature, Volume 535, Issue 7610, pp. 117-121 (2016)
http://www.nature.com/nature/journal/v535/n7610/full/nature18627.html