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分子サイズの磁石を作る


[ リリース: 2019.02 ]
奈良女子大学 研究院 自然科学系 教授 梶原孝志

 私達の身の回りには様々な磁石が使われています。コンピュータのデータを保存するハードディスクは微細な磁石の集合体ですし、ハイブリッド車、電気自動車には強力な磁石を搭載したモーターが使われています。私達がくらす地球も磁石ですので、その磁力に引きつけられて方位磁針が南北を示します。皆さんも子供の頃に磁石で遊んだ経験があるでしょう。クリップなどの鉄片に磁石を近づけると、鉄片が磁石に引き寄せられます。磁石の上に紙を載せて砂鉄を落とすと、磁力線に沿って不思議な模様が浮かび上がります。鉄片や砂鉄のように磁石に引きつけられる性質を常磁性と呼びます。アルミニウムや銅など磁石につかないものを反磁性と呼びます。多くの金属は常磁性を示しますが、アルミニウムのように反磁性の金属も多数存在します。硬貨はどれも反磁性の金属です。常磁性、反磁性の性質は物質を構成する金属原子が『磁気モーメント』を持つかどうかによって決まり、その磁気モーメントが生じる原因として『軌道角運動量』や『スピン角運動量』などが重要な役割を果たしています。常磁性の金属では一個一個の金属原子、金属イオンが磁気モーメントを持っており、数万個やそれ以上の多数の原子が強く結びつくことで強い磁石になります。ですので、磁石を小さくすればするほど磁石の性質は徐々に失われていきます。化合物の最小単位は分子ですが、分子サイズの磁石は作れるのでしょうか?たった数個の金属原子を含む分子サイズの磁石、『単分子磁石』を実現しようというのが分子磁性研究の究極の目標です。

 単分子磁石の研究は金属錯体化学の分野で活発に展開されています。金属錯体とは金属イオンとそれを取り巻く有機化合物からなる無機-有機のハイブリッド型化合物で、無機化合物と有機化合物の両方の利点を持つ優れた化合物です。金属イオンに有機物を組み合わせることで金属イオンの特性を向上できますし、高価な貴金属の使用量をごく少量に抑えることもできます。世界で最初の分子磁石は1993年、イタリアのGattesci教授により発見されました(文献1)。マンガンの+3価と+4価のイオンを含む分子量1900、直径2 nm(2ナノメートル、100万分の2 mm)ほどの小さな分子ですが、液体ヘリウム温度(4 K、-270℃)で磁石のように振る舞うことが明らかになりました(図1)。個々の分子が磁石となる可能性が示されたのです。ちなみに、この分子で角砂糖サイズの結晶(3〜4g)を作ると、その中に磁石となる分子は1021個(情報量にして400万TB)も含まれます。もし個々の分子に0、1の情報を記録することができれば、DVD 4億枚以上の情報を角砂糖サイズの記憶媒体に記憶することも可能になると言われています。



図1 世界初の単分子磁石(文献1)。分子の構造を上から見たもの(左)と横から見たもの(右)。分子の上下方向に磁石の特性が発生する。

 単分子磁石の研究も開始以来25年が過ぎ、最近は希土類金属を用いた研究が最も盛んに行われています。希土類金属の中でもランタノイドと呼ばれる元素は周期表の下の方にあって、ランタンからルテチウムまでの15種類の元素からなるレアメタルの一種です(図2)。希土類金属は磁気特性に優れており、現在世界最強の磁石と呼ばれるネオジム磁石(Nd2Fe14B)のネオジムNdもランタノイドの一つですし、ネオジム磁石の磁気特性向上のために1%ほど添加されているジスプロシウムDyもランタノイドです。



図2 元素の周期表と希土類元素。LaからLuまでの15種類の元素(で囲んだ元素)をランタノイドと呼び、ランタノイドにScとYを合わせたものを希土類元素と呼ぶ。

 私達の研究グループではランタノイドの持つ優れた磁気特性に着目し、ランタノイド元素それぞれの違いに注意しながら、分子磁石の設計と合成、磁気特性の評価を行っています。同じランタノイドでもテルビウムTbとエルビウムErでは全く異なった電子構造と磁気特性を示します。このような電子構造の違いに応じ、それぞれの金属元素に最適な分子構造をオーダーメイドすることにより、セリウムCe、ネオジムNd、ガドリニウムGd、テルビウムTb、ジスプロシウムDy、エルビウムEr、イッテルビウムYbを含む分子磁石の合成に成功してきました(図3)。特にセリウムを含む分子磁石の合成は世界で初めて成功したもので、論文のアクセス数は月間のベスト10にも選ばれています。
 希土類錯体が分子磁石となる仕組みについては未解明な点も多く、磁石としての特性もまだまだ不十分です。私達は学外の研究グループ(東京大学物性研、大阪大学、J-PARC(大強度陽子加速器施設)、ポーランド科学アカデミー)と共同研究を進めながら、希土類を基盤とする単分子磁石の磁気特性の向上と物性解明を目指し研究を進めています。



図3 当研究室で合成したランタノイド単分子磁石。緑色の球で表したのがランタノイドイオン。 a) ランタノイドとしてセリウム、ネオジム、テルビウム、あるいはジスプロシウムを含むもの(文献2)。b) セリウム、ネオジム、テルビウムを含むもの(文献3)、c) テルビウム、ジスプロシウム、エルビウム、イットリウムを含むもの(文献4)、d) エルビウムを含むもの(文献5)。色の対応;ランタノイド 緑;亜鉛 黄;酸素 赤;窒素 青;硫黄 オレンジ;炭素 グレーないし黒。

参考文献

1.D. Gatteschi et al., Nature, 1993, 365, 141-143. DOI: org/10.1038/365141a0
(https://www.nature.com/articles/365141a0)

2.T. Kajiwara et al., Dalton Trans., 2015, 44, 18276-18283. DOI: 10.1039/c5dt03148f; T. Kajiwara et al., Dalton Trans., 2015, 44, 18038-18048. DOI: 10.1039/c5dt02965a.
(https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2015/dt/c5dt03148f
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2015/dt/c5dt02965a)

3.T. Kajiwara et al., Magnetochemistry, 2016, 2, 43. DOI:10.3390/magnetochemistry2040043.
(https://www.mdpi.com/2312-7481/2/4/43)

4.T. Kajiwara et al., Dalton Trans., 2013, 42, 2683-2686. DOI: 10.1039/c2dt32812g; T. Kajiwara et al., Dalton Trans. 2012, 41, 13640-13648. DOI: 10.1039/C2DT31399E
(https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2013/dt/c2dt32812g
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2012/dt/c2dt31399e/unauth)

5.T. Kajiwara et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2011, 50, 4016-4019. DOI: 10.1002/anie.201008180
(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/anie.201008180)