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有機資源の効率的利用を目指した環境低負荷な化学反応の開発


[ リリース: 2019.02 ]
奈良女子大学 理学部 化学生物環境学科 准教授 浦康之

 地球上に存在する石炭,石油,天然ガスなどの有機資源は有限であり,それらの貴重な資源は燃料として利用されるとともに,私たちの身近にある製品−プラスチック,合成繊維,医薬品,洗剤,電子機器部品,その他のさまざまな有機分子−を製造するための工業原料として利用されています。有機資源を工業原料として,できるだけ環境に負荷をかけずに,従来よりも格段に効率的に利用してゆくためには,それに応じた新しい化学反応を開発する必要があります。
 図1には,有機資源と,有機化学工業における基幹原料である炭化水素との関連性について示しました。最も単純な炭化水素であるメタンは天然ガス中に主成分として含まれ,メタンよりも炭素鎖の長いアルカン(飽和炭化水素)は主に石油の蒸留により得られます。炭素−炭素二重結合をもつアルケン(不飽和炭化水素)はアルカンを高温で加熱して分解する(これを熱分解といいます)ことにより生成します。これらのメタンを含むアルカンや,アルケンなどの炭化水素は,石炭やバイオマスなどからも合成ガス(一酸化炭素と水素の混合ガス)を経由して製造することができます。また,将来的には二酸化炭素および水と太陽光などの再生可能エネルギーからも工業的に製造される可能性があることから,これらの炭化水素は持続可能な社会を目指す長期的観点からも重要な原料であるといえます。



 私たちの研究室では,遷移金属錯体(遷移金属原子を中心にもち,その周りを配位子とよばれる有機または無機分子などで取り囲んだ分子)を触媒として用いて,アルカンやアルケンを従来よりも環境負荷が格段に低い方法で,より付加価値の高い有機分子に変換できる化学反応の開発を目指して研究を行っています。環境負荷が低い化学反応とはいったいどういったものでしょうか?例えば,ある分子Aと分子Bを反応させたときに,望みの分子Cのみが得られ,その他の副生成物が一切出来ないような反応です。あるいは,地球上に豊富に存在する物質や安全な物質を用いる反応,穏やかな条件のもとで進む反応などです。以下には,私たちの研究室で現在開発中の化学反応について紹介します(文献1)。

1. 酸素を用いたアルカンの酸化反応
 酸素は地球上に豊富に存在し,しかも安価であることから理想的な酸化剤です。酸素を酸化剤として用いて,アルカンなどの炭化水素からアルコールなどの酸素原子を含む有機分子を触媒的に合成できれば,工業的にも,また実験室レベルにおいても重要な化学反応となります。例えばメタンからのメタノールの製造(メタノールは各種の化学品合成原料や溶剤,さらには燃料としても用いられます)では,現行の工業製法によればメタンから合成ガスを経てメタノールへと変換する必要がありますが(図2a),メタンと酸素との反応により合成ガスを経ずにメタノールを合成できれば,エネルギー消費はより少なくて済み,環境負荷の低い望ましい反応となります(図2b)。



 私たちは最近,ベンジルパラジウム錯体(ベンジルという炭化水素配位子をもつパラジウム錯体)と酸素との量論反応が,酸の添加によって劇的に促進されることを見出しました(図3a,文献2)。この反応ではベンジル配位子由来の酸素原子を含む生成物として,主にベンジルヒドロペルオキシド(PhCH2OOH)が得られます。また,メチルパラジウム錯体からも同様に酸の添加によって主にメチルヒドロペルオキシド(CH3OOH)が得られることを見出しています(図3b)。特に後者の反応は,図4に示したように,パラジウム触媒による酸素を用いたメタンの酸化反応の可能な反応機構(作業仮説)の第2段階に相当します。したがって,作業仮説の第1段階であるメタンの炭素−水素結合を切断する反応,および第3段階のメチルヒドロペルオキシドからメタノールへと変換する反応と上手く組み合わせることができれば,図2bの酸化反応を触媒反応として実現できると考えられます。現在はその触媒反応の開発を目指して研究を進めています。



2. 酸素を用いたアルケンの触媒的な酸化反応
 アルデヒドは溶剤,プラスチックの可塑剤,洗剤などの原料となる重要な有機分子です。現在は,末端アルケン(末端に炭素−炭素二重結合をもつアルケン)を原料として,合成ガスを用いるヒドロホルミル化(オキソ法)とよばれる方法でアルデヒドが工業的に製造されており,生産量は世界で年間800万トン以上にのぼります(図5a)。このヒドロホルミル化に代えて,酸素を用いて穏やかな条件のもとで末端アルケンの末端炭素側を選択的に酸化できれば,高圧の合成ガスを用いる必要がなく安全性が高いことから,より環境低負荷なアルデヒド合成法となります(合成ガスに含まれる一酸化炭素は毒性が高く,水素は爆発性があります)。私たちは最近,パラジウム/銅触媒による芳香族アルケンからのアルデヒド合成反応を開発しました(図5b,文献3)。マレイミドという有機分子を触媒量加えるのがポイントです。酸化剤には常圧の酸素を用いており,常温に近い穏やかな温度(40 ℃)で反応が進みます。スチレンから合成されるフェニルアセトアルデヒドはヒヤシンス様の香気を有し,香料として用いられます。この反応では芳香族アルケンを原料として用いていますが,現在は,より重要な脂肪族アルケンからのアルデヒド合成反応の開発を進めています。



 上記のアルデヒド合成反応に関連する酸化反応として,私たちは,末端アルケンからの末端アセタール合成反応も開発しました(図6,文献4文献5)。末端アセタールは反応性の高いアルデヒドの官能基を保護した分子であり,後で酸を用いて処理すればアセタールの部分をアルデヒドに戻すことができるため(これを脱保護といいます),アルデヒドの等価体として合成化学的に有用な分子です。この反応ではp-キノンの添加が鍵となっています。



参考文献

1. 浦 康之
パラジウム触媒による酸素を用いた炭化水素類の末端選択的な酸化反応の開発を目指して
有機合成化学協会誌 2018, 76, 1291-1300
https://doi.org/10.5059/yukigoseikyokaishi.76.1291

2. Reina Shimokawa, Yumi Kawada, Miki Hayashi, Yasutaka Kataoka, and Yasuyuki Ura
Oxygenation of a Benzyl Ligand in SNS-Palladium Complexes with O2: Acceleration by Anions or Brønsted Acids
Dalton Transactions 2016, 45, 16112-16116
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2016/dt/c6dt02948e

3. Sonoe Nakaoka, Yuka Murakami, Yasutaka Kataoka, and Yasuyuki Ura
Maleimide-assisted Anti-Markovnikov Wacker-type Oxidation of Vinylarenes Using Molecular Oxygen as a Terminal Oxidant
Chemical Communications 2016, 52, 335-338
(https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2015/cc/c5cc06746d)

4. Satoko Matsumura, Ruriko Sato, Sonoe Nakaoka, Wakana Yokotani, Yuka Murakami, Yasutaka Kataoka, and Yasuyuki Ura
Palladium-catalyzed Aerobic Synthesis of Terminal Acetals from Vinylarenes Assisted by π-Acceptor Ligands
ChemCatChem 2017, 9, 751-757
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/cctc.201601517

5. Saki Komori, Yoshiko Yamaguchi, Yasutaka Kataoka, and Yasuyuki Ura
Palladium-catalyzed Aerobic Anti-Markovnikov Oxidation of Aliphatic Alkenes to Terminal Acetals
The Journal of Organic Chemistry 2019, DOI: 10.1021/acs.joc.8b02919
http://dx.doi.org/10.1021/acs.joc.8b02919