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金属分子ワイヤーに挑戦!


[ リリース: 2020.02 ]
奈良女子大学 理学部 化学領域
(有機金属・錯体化学研究グループ)
中前佳那子・中島隆行・棚瀬知明

 化学では「省資源や省エネルギー」を目指した物質づくりに「ナノサイエンス」という考え方があります。これは、様々な働きをする物質のサイズを可能な限り小さくすることで、それに必要なエネルギーや原料などを飛躍的に少なくしようというものです。2016年のノーベル化学賞は,「for the design and synthesis of molecular machines(分子機械の設計と合成)」というテーマでJean-Pierre Sauvage, Sir James Fraser Stoddart, Bernard L. Feringaの3氏に贈られました。分子機械とは,ナノメートルサイズで人工的に制御できる機械のことですが,この3名のノーベル賞受賞者は,世界に先駆けて分子マシンの部品(分子シャトル,分子モーター,分子カー)を作り上げました。我々の身の回りにある機械は,たくさんの部品が電子回路で互いに連結され規則正しく動作するように設計されています。そう考えると分子機械にも,部品を繋ぐ分子サイズの電気回路(分子デバイス)が必要になります(図1)[1]


図1. 現実の機械や電子回路を小さくしてナノスケールの分子機械や分子回路・分子素子を
つくろうというアイデアを示しています。


 分子デバイスの考え方は,精密にデザインすることが可能な分子化学の手法で様々な部品を合成し、さらにそれらをつなぎ合わせて一つの大きな分子に組み上げ、巨大な分子回路や分子素子を作ろうというものです。1 nm(ナノメートル)は1/109 mという大変小さな世界を意味しますが、このような手法で組み上げたナノ分子は化学者から見れば非常に大きな「巨大分子」となります。このような巨大分子を生み出すには、金属や無機物、有機物など様々な元素を思いのままに組み上げていく合成技術が必要ですが、特に金属原子をつなぐのは大変難しく期待されるわりには世界的にもなかなか進展していません。私たちは、金属イオンや金属原子が有機物によって取り巻かれたいわゆる「金属錯体」という物質を扱っていますが、最近はナノサイエンスとの関連から、多数の金属が様々な構造でつながりあった巨大な分子「金属クラスター」の合成とその性質に興味を持っています。特に、電子が豊富で酸化状態が低い金属原子をまっすぐつないで分子にすれば、分子エレクトロニクスの基本ともいえる「金属分子ワイヤー(分子性金属鎖)」となります。私たちの研究室では,金属を連結するのに有効な多座ホスフィン(多数のリンを含む化合物)を開発してきましたが[2]、つい最近、この接着剤のような化合物を用いることで、貴金属のパラジウム原子が8個まっすぐに結合し両端が有機化合物でキャップされた金属分子ワイヤーの合成に成功し、その構造(図2左)を最新の強力X線回折装置(図2右)で明らかにしました[3]。これは、中性の金属原子を含む直線状の分子としては世界最長(約3.5nm (35Å))の分子ワイヤーです(当時は最長でしたが,直後にパラジウム原子が10個つながった金属ワイヤーが合成されています[4])。


図2 私たちが合成したパラジウム原子が8個つながった金属ワイヤー(左)と,
その構造を明らかにした微小単結晶X線回折装置(右)。


 私たちが合成した金属分子ワイヤーは,4個のパラジウム原子が多座ホスフィン(略号dpmppm)で支持されたPd4核鎖が2つ連結してPd8核鎖となっているという他にはない特徴があります。金属ワイヤーの両末端は,有機物でキャップされていますが,このキャップをはずすことも可能です。また、温度によって色が変化し金属原子間の相互作用が変化するという大変興味深い現象を見出しました[3]。これは、光や温度によって金属ワイヤーの性質がスイッチする可能性を示しています。


図3.Pd8核金属分子ワイヤーは100 oC以上に加熱すると2つのPd4核ユニットに分離するが,
室温に戻すと互いに不斉識別し自己組織化することでもとのPd8核鎖を再生する。


 さらに,このような金属ワイヤーは溶液中で安定ですが,100℃以上に加熱すると2つのPd4核ユニットに分離し,再び室温に戻すと自動的にもとのPd8核鎖に戻ることが核磁気共鳴分光法(NMR)という分析手段で分かりました。構造単位が自然にある特徴的な構造が組みあがることを「自己組織化(Self-Assembly)」といいますが,金属ワイヤーが溶液中で自己組織化することはこれまでになかった現象です[3], [5]。もうすこし詳しく見ていくと,金属鎖の支持に用いた多座ホスフィン(dpmppm)には右手と左手の関係となる構造ができるところ(これを不斉中心あるいはキラル中心という)が2か所あるため,右右(RR),左左(SS),右左(RS)の立体異性体が存在します。その結果,Pd4核ユニットにも右右(RR),左左(SS),右左(RS)の立体異性体がありますが(図3上),自己組織化の過程で互いに自分のパートナーを見つけてもとのPd8核金属ワイヤーを生成します(図3下)[5]。このような現象は,不斉識別を通して同じ種類の不斉立体構造が集積するキラルソーティング(Chiral Sorting)とよばれる大変珍しい自己組織化に区別されます。ちなみに,私たち生き物がもつタンパク質やDNAなどもキラルソーティングのたまものといえるでしょう。現在,このようなキラルソーティングを拡張することでさらに長い金属分子ワイヤーの合成や,Pd4核ユニットをチューニングする目的でパラジウムと白金を含んだ合金4核鎖の合成[6]に取り組んでいます。

さらに詳しいことを知りたい人のために

[1] 中島隆行,棚瀬知明,化学 2017, 72, 66-67.

[2] Y. Takemura, H. Takenaka, T. Nakajima, T. Tanase, Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 2157-2161.

[3] K. Nakamae, Y. Takemura, B. Kure, T. Nakajima, Y. Kitagawa, T. Tanase, Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 1016-1021.

[4] S. Horiuchi, Y. Tachibana, M. Yamashita, K. Yamamoto, K. Masai, K. Takase, T. Matsutani, S. Kawamata, Y. Kurashige, T. Yanai, T. Murahashi, Nat. Commun. 2015, 6, 6742-6750.

[5] T. Tanase, K. Morita, R. Otaki, K. Yamamoto, Y. Kaneko, K. Nakamae, B. Kure, T. Nakajima, Chem. Eur. J. 2017, 23, 524-528.

[6] T. Tanase, M. Tanaka, M. Hamada, Y. Morita, K. Nakamae, Y. Ura, T. Nakajima, Chem. Eur. J. 2019, 25, 8219-8224.


研究室のホームページ: http://www.chem.nara-wu.ac.jp/~tanase/TanaseGroup/