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光触媒と酵素を組み合わせた光駆動型水素生産


[ リリース: 2021.3 ]
奈良女子大学理学部 化学生物環境学科 化学コース 本田裕樹

 「酵素」はタンパク質でできた触媒で、生体内の様々な化学反応を手助けします。酵素は一般的に常温常圧条件で、高選択的かつ高効率に反応を触媒する特長があります。私は、この酵素の特長をうまく活用した環境に優しい温和な条件での有用物質生産の実現を目指した研究を行っており、今回はその1つである水素生産への利用について紹介します。

 「水素社会」という言葉を耳にする機会があります(参考文献1)。エネルギーを水素の形で、貯蔵・運搬・使用する社会です。水素と酸素から水ができる際に得られるエネルギーを、化学的に上手に取り出すことで電気と熱に変換して利用します(例えば燃料電池自動車など)。この反応はCO2の生成を伴わず、水素は使うときには「(CO2を出さないという意味で)きれい」と捉えられます。
 一方、水素は化石燃料や電気を使って作られます。現在の工業的な水素生産は、天然ガス(メタン等)の水蒸気改質が95%を占めます。この反応は高温条件を必要とし、CO2を副生しながら水素を生成します(CH4+2 H2O → CO2+4 H2)。つまり現在では、水素は作るときには「きたない」と言えます。水素社会の実現に向けて、作るときにも「きれい」な水素の生産方法への転換が必要です。

 理想的な水素生産方法に、「水」と太陽の「光」を用いる「光触媒」反応があります。図1に、光触媒である酸化チタンに貴金属(プラチナ)を担持した基本的な水素生成反応を示しました。光(紫外線)を照射すると、酸化チタンが光エネルギーを吸収し、水を分解して水素と酸素が得られます。CO2は副生せず、この方法で作った水素は「きれい」と言えます。現状では光触媒を使った水素生産の実用化に向け、光エネルギー変換効率の向上や、プラチナ等の高価な貴金属を使用しない安価な反応システムの構築が求められており、国内外で精力的に研究がされています。


     図1.光触媒に助触媒としてプラチナを担持した実験系による水の分解の模式図
光触媒が光を受けると正孔(h+)による酸化力と、励起された電子(e-)による還元力が生じます。この酸化・還元作用を利用して、水を分解(酸化)して酸素を生じ(H2O → 2 H+ + 2 e- + 1/2 O2)、一方で助触媒であるプラチナ上でプロトンを還元して水素を生じ(2 H+ + 2 e- → H2)、水から水素と酸素が生成(H2O → H2+ 1/2 O2)します。



 優れた光触媒反応が求められる中、私は「酵素」の能力を活用した「光触媒と酵素を組み合わせた光駆動型水素生産」に取り組んでおり、図1のプラチナが担う部分を、「酵素」に置き換えた水素生産系を構築してきました(図2、文献2)。
 図2には、水素生成酵素ヒドロゲナーゼを用いた反応系を示しました。この酵素は同じ重さのプラチナよりも優れた水素生産能力を示し、本酵素を使うことで反応系全体の機能向上が期待できます。また、ヒドロゲナーゼの大量調製のため遺伝子工学を使っています。元々この酵素を作る嫌気性細菌から遺伝子を取り出し、その遺伝子を大腸菌という別の微生物の中で機能させて大量のヒドロゲナーゼを生産させ、反応に利用しています。



      図2.光触媒と酵素を組み合わせた光駆動型水素生産
光触媒(酸化チタン、TiO2)、電子メディエーターと呼ぶ光触媒と酵素間の電子伝達を補助する物質[図の中ではメチルビオローゲン(MV)という物質を使用]、ヒドロゲナーゼを作る大腸菌細胞の混合溶液に、光を照射すると水素の発生が確認できました(図2)。各種の対照実験(光照射をしない場合や、ヒドロゲナーゼを作らない大腸菌を使った場合)では水素は発生せず、この反応系を実証しました。(文献2の図を改変)



 私はこのシステムを、光触媒の高い安定性や効率的な光エネルギー変換能力と、酵素の高選択的かつ高効率な物質生産能力という両者のよい部分を組み合わせたクリーンな水素生産システムとして提案してきました(文献2、文献3)。まだまだ効率や安定性の向上など様々な課題を解決する必要があり、奈良女子大学理学部の学生と一緒に日々努力を続けています。

 最近、関連研究に進展がありました。従来の反応系で解決すべき課題の1つに、「可視光の利用」が挙げられます。酸化チタンが利用できる光は紫外線に限られ、地上に降り注ぐ太陽光のわずかしか利用できません。酸化チタンを他の材料に置き換え、可視光領域を使える反応系を構築することで、太陽光エネルギーの有効活用につながります。以下に、簡単にこの「可視光の利用」に関連した最近の成果を2つ示します。


1. 微生物の金属硫化物半導体形成能と遺伝子工学的な水素生成能の付与を組み合わせた光駆動型水素生産系(文献3)

 可視光応答する光触媒(硫化カドミウム、CdS)を用いて可視光駆動型の水素生産系を構築しました。また、これまで外部から添加していた光触媒を、大腸菌の能力で形成させ、所定の条件で育てた大腸菌を回収すれば、その細胞がそのまま光駆動型水素生産に利用できるという反応系を目指しました(図3)。カドミウムイオン(Cd2+)は細胞に毒性を示しますが、ある種の微生物はCd2+を硫化物イオンと反応させCdSとして沈殿させて毒性を回避します。大腸菌も、Cd2+と硫黄源としてシステインを添加した培地で培養するとCdSを形成します。大腸菌が自己形成したCdSを光触媒とし、細胞内のヒドロゲナーゼを組み合わせることで可視光照射下の水素生産が確認されました。


   図3.大腸菌に自己形成させたCdSとそれを光触媒とした可視光駆動型水素生産系
    (a) 反応模式図。組換え大腸菌にCdSを形成させ、その後ヒドロゲナーゼを生産し、そのまま光駆動型水素生
     産へ利用する。
    (b) 光照射時の水素生産。紫外線(385 nm)から可視光(470 nm)の光照射で水素生成が確認できる。
     (文献4の図を改変)


2. 色素分子と遺伝子組換え大腸菌を組み合わせた可視光駆動型水素生産(文献4)

 光触媒とは原理が異なりますが、色素分子も可視光を使った水素生産に利用できます。エオシンY(EY)という色素と、遺伝子組換え大腸菌を組み合わせた反応系を用いて可視光駆動型の水素生産に成功しました(図4)。  
 太陽光シミュレーターを使って、これまでの酸化チタンを使った反応系と、色素を使った反応系の水素生産能を比較しました(図4b)。酸化チタンを用いた反応系と比べて、色素を用いた反応系の水素生産の速度は大きくなり、可視光を利用できる色素を反応系に適用した効果が確認できました。ただし、色素を使った場合は、反応を継続すると色素の退色が起こり、水素生産は持続しません。現在はこの反応の安定性の向上に焦点を当てて改善に取り組んでいます。


   図4.色素エオシンY(EY)と組換え大腸菌を用いた可視光駆動型水素生産
    (a)  反応模式図。ヒドロゲナーゼを生産する遺伝子組換え大腸菌とEY、電子供与試薬(トリエタノールアミ
     ン、TEOA)を混合し、可視光を照射すると水素が発生する。
    (b)  色素を用いた系(EY+組換え大腸菌)と、酸化チタンを用いた系(図2の系、TiO2+MV+組換え大腸
     菌)への太陽光シミュレーター光(AM1.5G)照射時の水素生産(文献5の図を改変)



参考文献
[1] 経済産業省資源エネルギー庁「ようこそ!水素社会へ 〜 水素・燃料電池政策について」(2021年3月9日アクセス)

[2] Y. Honda, et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 8045-8048.;
Y. Honda, et al., Appl. Catal. B. 2017, 210, 400-406.

[3] 本田裕樹,「バイオミディア 光エネルギーによって駆動する生体触媒反応」, 生物工学, 第98巻2号, 81ページ, 2020年.(オープンアクセス)

本研究に関する最近の論文
[4] Y. Honda, Y. Shinohara, Motonori Watanabe, Tatsumi Ishihara, H. Fujii, ChemBioChem 2020, 21, 3389-3397.

[5] Y. Honda, Y. Shinohara, H. Fujii, Catal. Sci. Technol. 2020, 10, 6006-6012.

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