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毒をつかった防御戦略:植物同士の密な関係に着目して


[ リリース: 2021.3 ]
 写真は 野外調査中の筆者
奈良女子大学理学部 化学生物環境学科 生物科学コース・環境科学コース兼担  井田崇

 ほとんどの植物は自分で歩き回ることができません。ゆえに、植物は定着した場所の環境に適応していくことが求められます。こうした陸上植物の環境適応能力は、今日の陸上生態系の基盤となっています。ここでは、植物が生物的な環境、特に植食者による食害を受ける環境に対してどのように応答しているのかを紹介します。

 敵から走って逃げることができない植物は、様々な防衛手段を持っています。毒や棘を持つ、匂いを発するなどです。ここでは毒をとりあげます。ここでいう毒とはアルカロイドなどの二次代謝物質を指し、植物自身の成長や繁殖には直接的には必要ないものです。どの毒が、どの植食者に、どの程度、作用するのか?については、様々なことがすでに知られています。こうした研究の多くは毒を持つ個体に着目しており、毒が植物集団全体でどのように「食うー食われる関係」に作用しているかについては、はっきりしていません。
 多くの植物は単独で生育しておらず集団を形成しています。結果、「食うー食われる関係」も「隣の植物」の影響を受けます。特定の植物が隣にいることで、植食者の数が増えたり減ったりするメカニズムには大別して2つあります。1つ目は、植物が量的に集まることによるもの。植物が集まれば、植食者が捕食しきれないため食害を回避できるかもしれないし、逆に植食者がより集まってしまうかもしれない。2つ目は、異なるタイプの植物が同居することによるもの。ある植物の横により食われやすい植物がいれば、植食者はそちらを選ぶかもしれない。このような効果は種間関係の結果としてよく知られています。しかし、同様のことは種内でも生じるはずです。毒などの植物の形質には環境や遺伝子情報に基づく変異があり、同種の植物集団(個体群)の中で形質の異なる個体による空間構造ができるためです。

 そこで、個体群内の局所的な個体(とその毒)の配置が植食者の行動にどのように影響を与え、そして個体群レベルでの植物―植食者間相互作用が形作られるのか?について調べ始めました。一連の研究では、タバコを京都大学の実験圃場で育てそこに集まる植食者(バッタ)の行動を観察しました(図1)。タバコは有毒なニコチンを含んでいます。一般にバッタのような雑食性の昆虫は毒を含む植物を嫌います。まず最初の研究(Ida et al. 2018)では、ニコチン濃度の異なる個体を空間的にランダムに配置して植食者の訪問頻度を記録しました。すると、予想通りバッタは高濃度のニコチンを含む個体(高濃度個体)を忌避しました。それだけでなく高濃度個体が集まっている箇所では、高濃度個体はもちろん低濃度個体であっても植食者の訪問が少なくなることがわかりました(図2)。


図1 実験対象種のタバコ。開花期にはピンク色の花をつける。葉がところどころ穴の空いているのはバッタなどの植食者による食害によるもの。



図2 Ida et al. (2018) での実験プロットの様子。12m x 12mのプロットの中にニコチン含量の異なる2品種をランダムに配置し、植食者による植物の訪問を観察した。



 次の研究(Tamura et al. 2020)では、卒業研究の学生として配属された田村さんと一緒に、なぜ隣に高濃度個体がいるほど植食者の訪問を回避できるのかを突き止めようとしました。この調査では3つの密度(4、9、16個体)を各プロットにおいて単植(高濃度・低濃度個体のいずれかのみ植える)と混植(高濃度・低濃度個体を半分ずつ植える)で育て、植食者の訪問頻度を観察しました。密度ごとにパターンが異なりました。4個体のプロットでは、高濃度個体の単殖で最も植食者が少ない。つまり高濃度個体が多く集まることで植食者を忌避させました。9個体のプロットでは、高濃度個体さえいれば植食者訪問は少ないが、低濃度個体のみの単殖では訪問者が多い。つまり高濃度個体の存在は植食者を忌避させました。16個体のプロットでは、高濃度個体のみの単殖では植食者訪問が多く植食者が少なくなったのは混植の際の高濃度個体のみでした。すなわち、高濃度個体だけで集まることはかえって植食者を誘引してしまい、低濃度個体が隣にいる状況でのみ高濃度個体は植食者から逃れることができました。

 これらの研究はただ単純に高濃度個体が集まればより植食者を忌避させるわけではないことを示しています。局所個体群において毒の効果はその密度に応じて変わるということです。植物個体密度が低ければ、毒を持つ個体が多い方が有利だといえます。同時に、その状況では毒を持たなくても隣の個体の庇護下で植食者から逃れることができます。ですが、さらに個体密度が高まるにつれ、植食者にとっては少々毒があったとしても量的に餌が豊富な魅力的なパッチと映るのかもしれません。毒を持たない個体だけの個体群は植食者の食害により大きなダメージを受けることは明らかです。植食者回避に毒は有用ですが、必ずしも全ての個体に必要というわけではなさそうです。例えば、個体群の中心にいる場合、局所的な密度は高いです。この状況では、自分で毒を持って植食者と戦う戦略(ファイター)と隣の毒を持った個体に守ってもらい自分は成長や繁殖により資源を注ぐ戦略(スニーカー)の両方が成り立ちます。一方、個体群の端っこでは個体密度が低く必ず自分で毒を持って植食者に抵抗する必要があります。

 毒を持つという戦略を評価するには、ただ毒を持つ個体と持たない個体を比べるだけでは不十分で、空間的に構造化された植物―植食者間相互作用の個体群レベルでの帰結として理解するという視点が必要であることを示しています。

引用文献
(下線は井田研の学生)
(1)Tamura M, Ohgushi T, Ida TY,
Intraspecific neighborhood effect: population-level consequence of aggregation of highly-defended plants.
Functional Ecology, 34: 597-605 (2020).


(2)Ida TY, Takanashi K, Tamura M, Ozawa R, Nakashima Y, Ohgushi T,
Defensive chemicals of neighboring plants limit visits of herbivorous insects: Associational resistance within a plant population.
Ecology and Evolution, 8(24): 12981-12990 (2018).