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RNAスプライシングの抑制による根毛形成の促進
―光による根毛形成促進の分子メカニズムとその意義を追い求めて―


[ リリース: 2021.3 ]
奈良女子大学理学部 化学生物環境学科 生物科学コース・環境科学コース兼担 奈良久美

 新緑に輝く山々、風に揺れる草木や色とりどりの花が咲き乱れる風景をみるたび、私はいつも安らぎを感じます。私達が生きるために必須の酸素と炭水化物も、生産者である植物が光合成をすることで作られているのだと、植物の大切さを痛感しながら、私は植物の生長・発達の仕組みを研究しています。特に、花や葉と違って目立たないのに、縁の下の力持ちとして黙々とはたらいている「根」の機能や発達の仕組みに興味を持っています。今回は、私の研究の中から、2019年に大学院生の石澤さんらと共に発表した「RNAスプライシングの抑制による根毛形成の促進」(Ishizawa et al. 2019)に関する研究内容について紹介します。

 維管束植物において、根は土壌中の水や無機養分を吸収するため、そして植物体を支えるために重要な器官です。根毛は、根の表皮細胞の一部が突出して形成される構造で、根の表面積を増大させ、水や無機養分を効率的に吸収するのに役立っています。根毛の形成は、根端分裂組織から生み出された表皮細胞の発生段階において、厳密に制御されています。その一方で、根毛形成はさまざまな環境要因によっても影響を受けていることがわかっています。土壌中のリンや窒素といった無機養分の欠乏に加えて、光も根毛形成を促進する要因の一つです。なぜ、土の中にあるはずの根において、根毛形成が光によって促進されるのか?私達は未だ不明な点が多く残されている光による根毛形成促進の分子メカニズムを解き明かし、その生物学的な意義を見出すために研究を進めてきました。
 この研究を開始したとき、どのような遺伝子が光による根毛形成促進に関わっているかを探るために、私達はまず、シロイヌナズナを用いて根毛形成に関わる新奇の突然変異体を探しました。その結果として単離されたのが、光によって根毛形成が促進されやすい変異体(lrh1)です。lrh1変異体では、pre-mRNA スプライシングではたらくタンパク質(スプライシング因子P14-1)の遺伝子に外来DNAの挿入があり、P14-1遺伝子がほとんど発現しなくなっていました。pre-mRNA スプライシングとは、DNAから転写されたmRNA前駆体(pre-mRNA)から不必要な部分(イントロン)を切り出し、必要な部分(エキソン)同士をつなぐ反応です。この反応がうまくはたらかないと、切り出すイントロンの位置(エキソン同士のつながり方)が変わり、mRNAの塩基配列も変わります。アミノ酸をコードする領域の塩基配列が変わったら、そこから翻訳されるタンパク質の大きさや性質が変わってしまうことになります。


 lrh1変異体においてスプライシング因子P14-1の発現が低下していたことから、次に私達はlrh1変異体のRNAスプライシングに異常がないか調べることにしました。RNAの配列を網羅的に解読する手法(RNA-seq解析)を用いて、lrh1変異体と野生型の実生から単離したmRNAの塩基配列を比較した結果、lrh1変異体では多数の遺伝子のRNAスプラシングの様式が野生型と異なっていることがわかりました。特にlrh1変異体では、約2000個の遺伝子でイントロンが保持されているmRNAが増えていて、約1300個の遺伝子ではエキソンが両隣のイントロンと一緒に切り取られてしまう現象(エキソンスキップ)がおきていました。このことから、野生型では“スプライス”されている部位がlrh1変異体では切り取られずに残っていると私達は推測しています。このようにスプライシングの様式が変化している遺伝子には、光シグナリングや概日時計に関わる遺伝子をはじめ、光などの環境の変化を感知し、そのシグナルを細胞内に伝えるためにはたらく因子の遺伝子や、根毛形成に伴って発現する遺伝子が複数含まれていました。またlrh1変異体では、野生型より発現量が2倍以上に増加した遺伝子が約1500個、減少した遺伝子が約1000個検出されました。この発現量が増加した遺伝子の中には、根毛形成を正に制御する転写因子の遺伝子も含まれていました。したがって、lrh1変異体で根毛が形成しやすいのはRNAスプライシングの効率が悪いためにスプライス部位が変わり、様々な遺伝子の発現が変化し、最終的に根毛形成に関連する遺伝子の発現が亢進されているからだと私達は考えました。

 そこで次に私達は、たとえ野生型のシロイヌナズナであってもRNAスプライシングの抑制により根毛形成が促進されると仮定し、RNAスプライシングの阻害剤を用いた実験を行いました。その結果、明所で野生型の実生にスプライシング阻害剤を低濃度で処理すると、根毛が長く伸長し密度も高まること、この阻害剤による根毛形成促進の効果は暗所では観察されないことがわかりました。(なぜ低濃度で処理したかというと、高濃度にすると実生が全く育たなくなってしまうからです。RNAスプライシングの重要性を考えたら、当たり前のことですね。)これらの実験から、私達は、光照射下で育てた実生においてRNAスプライシングを抑制すると根毛形成が促進されることを世界で初めて示すことができました。

  

 でも、なぜRNAスプライシングを抑制すると根毛が増えてしまうのか、その理由は未だわかっていませんし、この研究の最終目標である光による根毛形成促進の分子メカニズムの解明にも至っていません。lrh1変異体という興味深い研究材料を用いて、根毛が発生していくときの遺伝子発現調節にRNAスプライシングがどのように関わっているか、つまり根毛の原基が生じ、それが伸長していく過程で、光などの環境刺激を受けて、どの遺伝子がどのタイミングで転写され、スプライス部位が変化することが根毛形成の促進につながるのか、今も研究を続けています。

引用文献
Ishizawa, M., K. Hashimoto, M. Ohtani, R. Sano, Y. Kurihara, H. Kusano, T. Demura, M. Matsui and K. Sato-Nara (2019).
"Inhibition of Pre-mRNA Splicing Promotes Root Hair Development in Arabidopsis thaliana."
Plant and Cell Physiology 60(9): 1974-1985.
https://doi.org/10.1093/pcp/pcz150


本研究は、本学の大学院生(当時)の石澤未来さんや博士研究員(当時)の橋本佳世さんをはじめ、以下に示した研究者と共同で行いました。

石澤 未来(奈良女子大・院・人間文化)、橋本 佳世(奈良女子大・院・人間文化/(現所属)基生研・共生システム)、大谷 美沙都(東京大・院・新領域)、佐野 亮輔(奈良先端大・先端科学・バイオサイエンス)、栗原 志夫(理研・ CSRS )、草野 博彰(京都大・生存圏研)、出村 拓(奈良先端大・先端科学)、松井 南(理研・ CSRS)、奈良 久美(奈良女子大・自然科学・生物科学)

なお本研究の一部は、JSPS科研費の助成を受けて行われました。