理学部・大学院HOME > 研究紹介 > 研究事例

最新の研究紹介

4次元の超対称性理論に挑む


[ リリース: 2021.3 ]
奈良女子大学理学部 数物科学科 物理学領域 高橋智彦
奈良女子大学大学院人間文化研究科複合現象科学専攻 近藤綾

 物質を細かくしていくと、分子、原子、電子、原子核、陽子、中性子という小さな構造があって、現在では、陽子や中性子をつくるクォークと電子の仲間であるレプトンとよばれる粒子が、最も基本的な素粒子であることがわかっています。さらに光の粒である光子の仲間や、質量の起源と関係するヒッグス粒子を加えた標準理論によって、素粒子の世界は非常に良く説明できています。

 粒子の運動を考えるとき、たて、よこ、高さがある三次元空間の他に時間の軸を加えます。単に1次元の時間を付け加えるだけでなく、時間と空間は互いに混じり合うようなもので4次元の時空として捉えることが本質的だとアインシュタインは見抜いたのでした。

 ですので、標準理論でも素粒子はいつも4次元時空の中にあることになっているのですが、この4次元時空の代わりに4次元「超」時空というものを考えることがあります。4次元「超」時空には4つの軸の他にちょっと変わった方向があって、その座標が反可換な数でラベルされます。二つの実数 A,B の掛け算は可換で AB=BA が成り立ちますが、反可換な数 A,Bの場合には AB=−BA となって、A=B のときには A2 =0、つまり反可換な数は二乗するとゼロになるような数なのです。こんな変な数、想像できますか?

 そんな4次元「超」時空のあらゆる方向を混ぜてしまうのが超対称性の考え方で、これがあると大統一理論を考えやすくなったり、暗黒物質の候補となる超対称性粒子が出てきたりと、素粒子を論じる際に魅力的なことがたくさん出てきます。だから4次元の超対称性に関する多くの研究が50年近くに渡って行われてきたわけで、もう十分すぎるくらいのことがわかっている状況です。

 「私は超対称性について研究します!」、3年前、博士課程に進学してきた近藤さんからそう聞かされたときは、研究され尽くした分野で何をすべきなのかと考えました(悩みました)。でもちょうどその頃、南部陽一郎先生のノーベル物理学賞受賞につながった論文の手法を4次元の超対称性理論に適用する研究があって、近藤さんはそれについて研究したいと言うので、私も大学院で勉強したことを思い出しながら一緒に論文を読み、共同研究をスタートさせたのでした。


 上の図は、伸び縮みする複素数平面の風呂敷で球面を覆う図で、このような球面をリーマン球とよびます。リーマン球は1次元の複素射影空間、CP1ともみなせて、次元をさらに高くした複素射影空間、CPN-1を考えることもできます。4次元超時空のそれぞれの場所に、この複素射影空間上の点を対応させる関数(状態関数、波動関数、場…)を扱う4次元超対称性理論についても古くから研究されていましたが、あるとき近藤さんとゼミでこの理論について勉強していると、以前の研究では量子異常とよばれる効果が見落とされていることに気づいたのでした。早速、私は近藤さんと一緒にこの効果を取り入れて4次元超対称CPN-1模型の解析をやり直すことにしたのです。

 その結果、理論には臨界結合定数が存在していて、結合定数がそれより小さいときには(弱結合相では)、超対称性を保つ状態になっていること、他の対称性は破れていることがわかりました。量子異常の効果を取り入れなければ導くことのできない結果で、私たちが初めて発見したものです。しかしもっと不思議だったのは、結合定数が大きくなると(強結合相では)、安定な状態があるかどうかがはっきりしなくなるという結論を得たことです。これはこの超対称性理論の重要な特徴だと思われ、これからもっと調べていこうとしています。

 これらの研究についてまとめた論文がアメリカ物理学会の学術誌Physical Review Dに掲載されました。昔から研究されている分野で新しいことはできないと諦めてしまわずに考え続けた成果です。先入観を持たない若い近藤さんがいてくれたおかげで、議論の中から思いがけない発見に辿り着くという研究の面白さを感じることができたのは幸せでした。この研究をもとにして近藤さんは博士論文を完成させることもできました。

 超時空、超対称性の研究なんてしてどうなるのか、最新の実験でも超対称性があるという証拠は一切見つからないではないか、という質問もあるでしょう。そんなときはノーベル物理学賞受賞者の益川さんから聞いたことを話すようにしています。「人間のセンスがそんなに悪くないことを素粒子論の歴史は教えてくれて、単なる机上の数理構造でも、それが美しいものであれば自然の中に見出されてきた。超対称性は非常に美しい。実験で見つかってなくても、自然のどこかに超対称性は実現しているはずだ。」きっといつか超対称性が発見されるという信念を持って私たちは研究を続けているのです。

論文
“Supersymmetric nonlinear sigma models as anomalous gauge theories”
Aya Kondo and Tomohiko Takahashi
Physical Review D102, 025014 - Published 16 July 2020

DOI: 10.1103/PhysRevD.102.025014